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第61話 犯人

 楓の死因は背中から刺されたからだという。  その日、彼は地上の毒消しのために警護の者に監視されながら地上への道を進んでいた。それは闇人が炎の一族に敗北を期したその日から二週間以上経ったある日のことで、警護の人間にも慣れが出始めたころだった。  楓を手に掛けたその人物は出発してすぐ、楓に襲いかかったという。  あまりにも一瞬のことで、止めることもできなかった、とのちに警護に当たった者たちは語った。  刺されてすぐはまだ息があったそうだが、町に戻って手当てを受けている最中に彼は息を引き取ったという。  彼が最後に残した言葉はただ一言。「ごめんなさい」だった。 「やはり来ましたね。来ると思ってました」  たおやかに笑う彼女の顔を陽向は食い入るように見つめる。 「なぜ、あなたがここにいるんですか」  硬い声で問う陽向に向かって彼女は格子の向こうで笑みを崩さぬまま、すうっと背後を振り返った。そこにいる人物を陽向は自分の中の黒いものすべてを込めた視線で射た。 「私がここにいるのは、あなたが来たらこの方を殺してしまうと思ったからです」  一言一言正確に聞こえるように、とでもいうように彼女、菖蒲は告げた。松葉杖を進め、陽向は格子のすぐ近くへと歩み寄った。 「あんたは……許せるのかよ。その女を。楓はあんたの弟だったんだぞ! それを!」  陽向が上げた大声が牢内で反響すると同時に、牢の隅、蹲っていた人影が甲高い悲鳴を上げた。  菖蒲が慌てたように牢の中を駆け、その人物の体を抱きしめる。 「大丈夫です。大丈夫ですよ。心配いりません。なにも怖いことはありませんから」 「怖い、怖いよう……! 嫌、嫌なの! 溶けたくない。溶けたくないの!」 「大丈夫です。もういいんですよ」 「いいわけないだろ!」  怒鳴って陽向は両手で格子を掴んだ。からん、と松葉杖が床に転がったが構わず陽向は牢内の人物を詰った。 「あんたが殺したんだよな、楓を! あんなにも頑張ってたあの人を……なんで!」 「大きな声を出さないで」  気迫の滲んだ声で言いながら、菖蒲が陽向を険しい顔で振り返る。だが黙ってなどいられない。  今、菖蒲の胸で泣きじゃくるこの女こそが、楓を殺した憎い仇なのだから。 「殺してやる」  格子を揺さぶる陽向の剣幕に女はますます泣きわめく。制御できない怒りのまま、格子を開ける術はないかと血走った目で周囲を見回した陽向の腕を如月が掴んだ。 「言ったはずだよ。陽向くん。ここで暴れられては困る」 「ここにいるのに?」  粘ついた憎悪に焼かれながら陽向は如月を睨み据えた。 「楓を殺した女がここにいるのに?」 「陽向さん」  泣きじゃくる女の髪を撫でながら菖蒲が声を発する。ぎっと鋭い視線を彼女に投げると、彼女は女の髪を撫で続けたまま言った。 「この方はもうもとの柏さまではありません。ですから楓を殺めた記憶もこの方にはないのです」

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