65 / 94

第65話 夜蛍(よぼたる)

 鈴生の里は陽向達の町、炎の里と呼びならわされている場所から徒歩で二時間ほどのところに位置している。ただ集落と集落の間の道はひどく荒れている。炎の里の住民の力の危険さゆえに村境を侵すことが固く禁じられているためだ。  境を超えることを認める許可証を持たなければ町の外へ出ることも叶わない現状では仕方ないのかもしれないが、それにしてもこうして用事がある側としてはため息が止まらない。  例の如く、疑似太陽のかけらをランプに灯し、慎重に道を進むこと三時間弱。陽向は目的の鈴生の里へ到着した。  異変があった土地まで案内をしてもらいながら状況を聞こうと思っていたが、里の外で陽向を待っていた地上人たちの顔を見て陽向は気を変えた。  彼らが皆、一様に恐怖を隠せぬ顔をしていたためだった。  まあ、無理もないだろうとは思う。彼らの大半は陽向達、炎と接したことがない者がほとんどだ。そんな彼らからしたら陽向はそれこそ伝説の化け物と同じ認識なのだろう。  ただ皮膚病については捨て置けない。具体的な症状を聞いた陽向に陽向から体を極力遠ざけようとしながら一人が言った。 「火傷、に近い症状だと思います。里の外へ出た者の何人かが戻って来たとき、手や足に赤い水ぶくれができていまして。幸い、数日で引きましたが、その後も外出して戻って来た者の間でその症状が続出して……」 「今回苔が消失した場所の近くですか? 皆さんが出かけられたのは」 「そう、です。あの辺りは薬草になる苔も多いですから」 「じゃあ、苔の採取に行ってそこで症状が出たと」  こくこくと集まった里人三人がかわるがわる頷く。だがその顔は皆、真っ青だ。  たどたどしくも必死に答えようとする彼らを見ていて、陽向は聞き取りを早々に切り上げた。これ以上恐怖を与えるのも気の毒だと思ったし、なにはともあれ一度現地を見た方がいいと判断したからだ。  とはいえ、ここまで怯えている相手に案内を頼むのも気が引ける。陽向は大体の場所を聞いて一人で向かうことにした。大丈夫ですか? と陽向の義足に気づいた里人の一人が声をかけてはくれたが、言葉と裏腹にほっとした気配もあって、陽向は苦笑を隠し切れなかった。  里人に教わった場所は鈴生の里からほど近い、地底湖の近くだった。  この地底湖は以前にも水質の調査で訪れたことがある。目印が見知った場所であることに安堵しながら、陽向は目的地へ向かって歩き始めた。  道すがらも異常がないか、ランプを掲げ周囲を確認しながら歩いていたので、随分時間はかかったが、さしたる問題もなく地底湖に到着することができた。里人に教わった場所はこの地底湖の反対側だ。暗黒に沈む水辺に足を取られないよう、明かりて足元を照らしながら地底湖のほとりを歩いていた陽向は、目の前を過った小さな光に驚いて足を止めた。  不規則な動きをしながら複数の光が飛び交っている。目を凝らし、陽向は光の正体がなにか悟った。  夜蛍だった。  地底湖の近くに生息する虫で、淡く発光しているため、捕まえて光源にする里もあるというそれが、地底湖のほとりを無数に飛び交っていた。  明滅する光が水面をかわるがわる照らす。光と光は近づいたり離れたりしながら周囲をほの青く染め、弾かれた光が水の中に光の波紋を刻み、その波紋に別の波紋が重なって広がっていく。  地底は光なき世界。だからこそなのか、刹那のこの光景はあまりにも美しく、陽向はもっとその明かりをよく見てみたくなり、ランプを傍らに置いてそっと上から布をかぶせた。

ともだちにシェアしよう!