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第66話 面影を
訪れた闇の中、夜蛍がちかり、ちかり、と輝きながら舞い踊る。
漆黒に沈む世界に奇跡のように輝くその光は陽向に思い起こさせた。
崖から落ちた自分が目を開けた瞬間に目の前に広がっていた星空を。あれは星空じゃない、と静かに告げた彼の声を。
夢の中、頭上いっぱいに広がる星の海を臨みながら、波に裾を濡らし、こちらに背中を向けたあの人を。
やっと見せられた、そう笑った彼の声を。
ああ、どうして自分はこんなにも駄目なのだろう。ほんのわずかな引っかかりが彼に結びついてしまう。思い出を手繰り寄せ、いない彼の体温を探してしまう。
今は仕事で来ているというのに。
陽向はごしごしと拳で乱暴に目を擦る。夢の中から現実へと強制的に自分を戻すべく、かぶせていた布を取り去り、ランプを持ち上げ再び歩を踏み出そうとした。その陽向の足元がずるり、と滑る。
とっさに踏ん張ろうとしたが、義足では思ったように力がかけられず、陽向の体は地底湖の湖面へと一気に傾いた。
まずい、落ちる、そう思ったときだった。
がくん、と落下していた陽向の体が止まった。
誰かが陽向の腕を掴み、落下を食い止めたのだとわかった。
陽向の腕を掴む手がランプの明かりに照らされる。浮かび上がった細く、白い手に目を吸い寄せられた陽向の耳に、手の持ち主の声が滑り込んだ。
「この湖は危ない。触ったら障りが出る」
言いざま、ぐいっと陽向の体が引き戻される。されるがままになりながら、陽向はたった今耳にした声を反芻していた。
静かな声だった。淡々として抑揚の少ない、声だった。
陽向は自分を岸へと引き戻した相手を呆然と見下ろす。黒い外套を羽織ったその人物はフードを間深くかぶっていて顔は見えない。黙りこくった陽向にその人がぽつり、と言った。
「大丈夫。触っても僕は壊れない」
…………どれだけ触っても僕は壊れない。だから大丈夫。
声が緩やかに重なる。陽向があまりにも言葉を発しないことを不審に思ったのか、その人がフードの端を少し上げた。その瞬間。
フードの奧、漆黒の双眸が大きく見張られるのを陽向は見た。
見たものを確かめたくて陽向は震える指を伸ばす。
そうっとフードをその人の背中へ流す。中から現れた顔を目にした陽向の手から、ランプが滑り落ちた。がしゃん、と音を立てて地面に転がった揺れる光に照らされたその顔は、陽向が知っている人のものだった。
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