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第69話 真実

 光の宮の邸宅の一角、仕事場として如月が使っているその部屋に如月の姿はまだあった。ランプの明かりの下、眉間を揉んでいる。疑似太陽があるとはいえ、やはり地下では光源が不足している。眼病を発症する者も多い。如月もこの眉間を揉む仕草が最近増えてきていて陽向も心配をしてはいたが、今は彼の体を気遣う余裕がなかった。 「如月さん」 「うお! 驚いた! 陽向くんか。え? 鈴生の報告? それは明日でも」  そこまで言ってから彼は不自然に言葉を切る。陽向より幾分茶色みの強い赤い目でこちらを数秒見つめ、彼はなにを思ったのかふっと肩の力を抜いた。 「その顔は……あれかな。会っちゃったのかな。幽霊に」 「…………如月さんは、知っていたんですね。楓が生きていたこと」  彼は無言で陽向を見据えてから唐突に立ち上がる。すたすたと歩いていき、部屋の隅に置かれた食器棚からカップを二つ出すと水差しから水を注いだ。一つを口に運びつつ、一つを陽向の机の上に置く。 「とりあえず座って。少し話そう」  はぐらかすつもりはなさそうな彼に驚きつつ、陽向は言われるままに腰を下ろした。如月はなにから話すか迷うように宙を睨んでいたが、やがてため息交じりに言った。 「彼に会ったんだね。彼はなにを言っていた?」 「地下に毒が染み込んできていると。地底湖のあの周辺はあと一か月くらいで瘴気に沈むから住民を避難させて、と。それだけを」 「なるほど。そうか」  顎に手を当て如月は眉を寄せる。しばらくそのまま黙ってから、彼はふうっと肩で息をした。 「彼は本当にしっかりやってくれているんだね」 「一体、どういうことなんですか。なぜ死んだなんて」 「そうでもしないと彼の身が危ないと判断したから」  疲れたような声で言い、如月は一度持ち上げたカップを机に戻した。 「彼の心臓が一度止まったのは本当。けれど僕たちとしても彼を死なせるわけにはいかなかった。なんといっても彼は毒を消せる貴重な能力者だからね。だからあらゆる手を尽くして彼の命を繋ごうとした。結果、彼は命を取りとめた。  けれど彼はあまりにも憎まれ過ぎていた。彼を殺めようとした柏という彼女だけじゃない。彼によって自分の家族を殺された僕ら側の人間、これまで闇人に使えてきた地上人。多くの人間が彼を憎んでいる。そんな人間たちに狙わせるわけにはいかない。だから彼を死んだことにした」 「そんな! 楓はそんなことを認めたんですか?!」 「もちろん彼も納得済みだよ。もう死んだこととしてこれまでの人との関係のすべてを切ることを認めてくれた。その関係の中にはもちろん、君との関係も含まれていた」 「それ……じゃあ、如月さんは最初から知ってて……どうして!」 「ほら、そんな風に興奮するだろうと思ったから。悪いけれどことは愛とか恋とかそんなことを言っていられる状況じゃないからね」  突き放すように言われ、陽向は怒りから顔を赤くする。如月は机越し、冷めた目で陽向を眺めている。その彼の冷たい顔に向かって陽向は胸に湧き上がった疑問を投げつけた。 「じゃあ、なんで今日、俺を鈴生へ行かせたんですか? 如月さん、地下に毒が染みているって聞いてもそれほど驚いていませんでしたよね。それって鈴生がすでに汚染され始めていることを知っていたんじゃないんですか。楓があそこで毒消しをしていることも」 「君は、本当に大人になったんだね」  ふっと口元に笑みを浮かべ、如月は机の上で指を組んだ。 「まあ……本当なら言うべきじゃないと思ったよ。ずっと黙っておくべきだと。だけど見ていられなくなってきてね。だって、彼はもうすぐこの地下から消えることになるのだから」 「消える? どういうことなんですか!」  思わず立ち上がる陽向に如月は深い息をついてから話し出した。  あまりにも現実離れした話を。

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