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第70話 時見

 時見。そう呼ばれる存在がいる。それは人間たちにとってみれば神、と同じような存在と言っていいもの。  その時見はこれまで何度かこの国に現れた。日本というこの国が危機に陥るとき、時見はやって来る。  その神と接見することが叶うのは、二つの種族だけだとされていた。  一つは炎。もう一つは黒鳥。  直近で時見が現れたのは、今から四百年前。  炎の一族からしたら忌まわしい記憶である地下投獄が行われたときだった。  時見は黒鳥の長に言ったという。炎を地下に封じよ。その後お前たちも地下へ下がれと。時見は二つの一族に地下で生活するために必要なものを与えた。そこにはあの疑似太陽も含まれていた。  それから百年後、大災厄が起きた。多くの人間が死んだ。しかし、地下ですでに生活基盤を作っていた炎と黒鳥の一族は生き残った。  そして今、時見は再び降臨した。時見は言った。  このままでは地下も毒の海に沈む。その前に黒鳥の力を持つ者を永久の鳥籠(とこしえのとりかご)に乗せ、地底湖深く沈めよ、と。さすれば危機は去り、地上にも地下にも光は戻る、と。 「永久の鳥籠ってなんなんですか」 「わからない。ただ沈めたら最後、引き上げることは許されないとは聞いた。まあ、言い方は悪いが人柱ということなのだろう。氷見さんは……承諾したと聞いたよ」 「そんなのおかしい! そんな伝説まがいの話を如月さんは信じたんですか?」  自分の見た事実しか信じない。それが如月の口癖だったはずだ。怒り狂って突っかかる陽向に如月は複雑な顔をした。 「信じられない気持ちもある。けれどこの話が本当であればすべての辻褄は合うんだ。地下投獄が行われた理由。疑似太陽が闇人の里にもあった理由。そして毒を無効化できる闇人の力。時見はすべてを知っている。僕はね、ずっと思っていたんだよ。闇人は未来が見えるのではないかと。けれど違った。未来が見えていたのは闇人ではなく時見だった。そう考えれば、すべてが納得いく」 「神、なんてそんなものを信じると? でもだとしたらわからない。黒鳥はわかります。しかしじゃあ俺たちが生かされる理由はなんですか? 俺たちには有益な力などなにもない」  そう。自分達は壊すだけだ。自分達以外の生物を殺す、ただそれだけ。そんな危険なものをなぜ時見は生かし続けるというのだろう。 「僕にもそれはわからない。だが少なくとも、時見は僕たち一族の元にやってきた。地下が汚染され始めているという情報とともに。そしてそれは真実だ」 「……黒鳥を沈めれば収まるなんて話も?」 「少なくとも氷見さんの力が僕たちの世界を守り続けているのは事実だよ。毒は地底湖から染み出している。その大元を叩こうとする時見の考え方は間違いとは思えない」 「馬鹿げてる」  吐き捨て陽向は机を叩いた。 「そんなわけのわからない話で楓が犠牲になるのなんてやっぱり納得できません」 「じゃあ、君はここが毒に沈み、全員死んでもいいと思っているの?」  冷たく問い返され、陽向は答えに詰まる。が、数秒黙ってから頷いてみせた。

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