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第71話 犠牲

「はい。仕方ないです。一人の犠牲の元に作られる平和なんて絶対おかしいですから」 「その犠牲になる人が氷見さんでなかったとしても君は同じことが言える? 儀式が行われなかった結果、死んでいく多数派の中にばば様や友達や……氷見さんがいたとしたら?」  畳みかけられ陽向は答えに窮した。だがやはり納得はできなかった。 「だっておかしくないですか。力を持っているだけでどうして楓ばかりがそんな責任を負わされなければならないんですか? なんであの人ばっかり」  怒鳴りながらも陽向はわかってもいた。おそらく楓は恐れながらも受け入れたのだろうと。  あの人はそういう人だ。 「陽向くん」  ずるずると椅子に座りこんだ陽向を、ふいに如月が呼んだ。 「氷見さんと、話をする?」  え、と顔を上げた陽向に如月は静かに続けた。 「というか、話しに行ってあげてくれる? が正しいかな」  思わぬ提案に頭が追いついていかない。目を見開いて如月を見返すと、如月は困ったような顔で笑った。 「いやまあ。規則には反するけれどね。ただ、陽向くんの言うこと、僕はわかる気がするんだ。一人の犠牲の元にが正しいのか、って。でも、悲しいけれど大勢の人間を守る方が大切とされているのも事実。だから僕たちは氷見さんの覚悟に甘えてしまっている。……ただ彼だって絶対に思うところはあるはずなんだ。本当は吐き出したいことだって。でも」  そこまで言ってから如月は悲しげに目を伏せた。 「彼にはよりどころがないんだよね。だって彼はもう死んだことになっているから。儀式の日は近づいているのに、彼はただ黙ってその日を待っている。毒消しを黙々とこなしながら。それはあまりにひどすぎる。せめて少しの間だけでも安らがせてあげたいと僕は思う」  陽向くん、とゆっくりと目を開けた如月が再び陽向の名前を呼んだ。はい、と返事をした陽向の前で唐突に如月は頭を下げた。 「こんなことは……なんの償いにもならない。罪悪感を拭い去りたいだけの僕の自己満足だ。でも、なにもできず頼ることしかできない無力な僕たちの犠牲になっていく彼をせめて最後の日まで笑わせてやってほしいと僕は願ってしまう」  正直、納得なんて微塵もいっていない。如月の願いも手前勝手なことを言っていると思えて仕方なかった。けれど他方で如月がこんな風に頭を下げることしかできないというその事実が、この地下の世界の終わりがすぐそこまで来ていることの証明にも思えた。 「わかりました」  低く返すと、如月が肩から力を抜いて頭を上げる。その彼に向かって陽向は逆に頭を下げた。 「ありがとうございます。如月さん」

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