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第72話 再会

 翌朝、如月に連れられて訪れたのは、光の宮の邸宅の離れだった。本宅の裏にひっそりと建てられたその館は光の宮の関係者しか立ち入ることが許されていない。当然陽向も初めて足を踏み入れる場所だった。赤衣に守られた入口を抜けると、如月は入り口正面の階段を登った。階段を登った先には二つの部屋が扉を構えている。そのうちの右側の扉を如月が叩いた。 「どうぞ」  響いてきた淡々とした応えに陽向の胸がどきり、と鳴った。如月の手が扉を開ける。押し開けた扉の先にはこぢんまりとした部屋が広がっていた。  最低限の調度だけが置かれた部屋の奧、椅子に座っていた人が立ち上がってこちらを振り向いた。入ってきた如月に綺麗な姿勢で礼をしたその人は、続いて室内に入ってきた陽向を見て、思わずというように片手で口元を覆った。 「今日の差し入れ、本じゃないんだ」  にっこりと笑って如月は陽向を掌で示してみせた。 「話し相手。いつもいつも僕ばかりじゃ退屈するだろうと思って部下を連れてきた」  ぽん、と如月の手が陽向の肩を押す。押しやられるように部屋の中ほどに進み出た陽向を見つめ、楓がわずかに目を潤ませるのがわかった。 「僕は宮の本宅へ行ってくるから」  じゃあね、と笑って如月が扉から出て行く。無音に沈んだ部屋の中で、陽向は目の前の彼を上から下まで眺めてから目を細めた。 「そういう恰好、初めて見た」 「恰好?」  楓が白の上衣に黒の下穿を身に着けた自分の体を見下ろす。洋装の彼はあの里にいたときよりずっと若く見え、陽向を落ち着かなくさせた。 「俺より年下に見える」 「そう、かな」  照れたように彼は俯く。再び落ちた沈黙を破ったのは楓だった。 「座って」  穏やかな手が陽向に椅子を勧める。食事を取るため用に備え付けられたらしいその机に椅子は一脚しかなかったため、彼は寝台脇にあったさっきまで自分が座っていた椅子を持って陽向の向かいに置いた。 「鈴生の里のさ、避難、如月さんに話しておいたから」  椅子に彼が腰掛けるの待ってそう言うと、そう、と彼は瞳を和ませた。 「本当に如月さんにはお世話になってばかりだ」  彼の目がすうっと壁際の戸棚に向く。そこには数冊の本が置かれていた。 「退屈しないようにって本を持ってきてくれて。本当に助かっている。しかも今日は君を連れてきてくれた。種族関係ないね。素晴らしい人というのは」  柔らかい声になぜか胸が詰まった。彼の顔はあまりにも穏やか過ぎた。 「永久の鳥籠、ってなにか、楓は知ってるの」  その単語を発すると楓の表情がかすかに曇った気がした。けれど彼はそれが気のせいと思わせるくらいの冷静な顔で頷いてから陽向をじっと見た。 「君もその話、聞いてしまったのか。まあ、だからこそ如月さんはここに君を連れてきてくれたんだろうけれど」 「人柱って聞いた」  押さえようとしても声が強張る。楓はしばらく黙っていたが、ふいに立ち上がった。 「少し、外歩く? 敷地の中だったら許可はいらないから」

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