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第73話 人柱

 そのまま陽向の答えを待たず、彼は扉へと向かう。瞬間引き留めようとしたが、結局なにも言わず陽向は彼の後について部屋を出た。  如月と入ってきた入口ではなく、裏口に当たるらしい扉から外に出ると、そこには小さな庭が広がっていた。その庭に置かれている彫像の数々を見回し、陽向は顔をしかめた。 「これ、なに? なんか独創的というか」  陽向の足元に転がるのは赤い石で掘られた、四本足の何かの生き物らしい像だ。目と口がある方がかろうじて前だろうとわかるようなお粗末極まりないものである。 「光の宮が作られたと聞いた。それは犬らしい」 「は?! あの宮が?」  光の宮は如月とそれほど年が変わらなく見える。めったに表には出てこないが、陽向も数度見たことがある。公務のときだけ身に着ける緋袴をさばいて歩く姿は凛としていて近寄りがたい。とてもではないがこんな像を作るような人には見えない。 「ってか、あんた、光の宮とそんなに話をしてるの」 「そんなに、というほどでは。ただまあ……こんなことになってしまったからね。ときどき様子を見に来られる。申し訳ない、とそのたびに仰っている」  薄く口元に笑みを刻んで彼が言う。その彼の肩に思わず陽向は手を伸ばした。 「人柱ってあんたはそれで本当にいいの」  触れた肩をそうっと片手で包むように握る。彼は黙って陽向を見上げていたが、やがて静かにこくり、と頷いた。 「なんで自分がって思わないの。柏ってあの女だっていいのに」  ひどいことを言っているとは思う。けれど陽向は止められなかった。生きてここに彼がいてくれた今、柏を憎む必要はもうない。しかし彼に刃を振り下ろした彼女を陽向はやはり許すことはできない。剣呑な顔をする陽向に楓は、おちついて、というように目を細めてから首を振った。 「思わない。僕はそれだけのことをした。これは僕がやるべきことだと思う」 「だけど人柱だぞ?! それって生きて戻れないってことだろ? そんなの」 「すこーし誤解があるな、それは」

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