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第74話 永久の鳥籠

 興奮した陽向が楓の両肩を掴んだときだった。庭の彫像の群れから声が聞こえ、陽向はぎょっとして振り向いた。  疑似太陽のぼんやりとした光が照らす彫像たちのうち、鳥だろうか。くちばしがやたら大きく、しかしなぜか羽の代わりに鱗が体中に彫られた彫像の影から一人の人物が滑り出てきて陽向は驚きながらとっさに楓の肩を自分の後ろに押しやった。 「不審者じゃないって。楓に聞いてみて」  楽しそうにそう言いながら、肩までの栗色の髪を耳にかけたその人は、陽向や楓よりやや年上と思われる女性だった。だがその出で立ちに陽向は度肝を抜かれていた。  体の線がくっきりとわかる黒の上下の着衣に、かかとの高い靴。さらにひざ下まである白い長衣をざっくりと羽織ったその姿は、この町はおろか、周辺の里のどこのものとも違っていた。 「時見さま」  お前誰だよ、と言いかけた陽向の背後で、ぽつりと楓が言った。え、と振り返った陽向の耳にくすりと笑う女の声が響いた。 「君だよね、炎でありながら黒鳥の長と通じたって言われてるの」  揶揄するほうな響きに苛立ちが募った。陽向は楓を背後に庇ったまま彼女を睨む。 「だったら? 関係ない。あんたには」 「陽向。この方は神様、だからそんな口の利き方は」 「いやいや、私は神様ではないよ。私はただの干渉者。それ以上でも以下でもない」  楓の言葉を聞き咎め、彼女は肩をすくめる。つまらなそうに傍らの彫像の鱗を撫で、彼女は言った。 「そもそも私が神様なら、あなたを地底湖に沈めろなんて言わないで自分でなんとかしているよ。私だって嫌だもの。あんなもの使うの本当は」  でも、とこちらを見た彼女の目が、先ほどまでの朗らかな口調とは真逆の暗く沈んだものであることに気づき、陽向は驚いた。その目のまま彼女が囁く。 「ここで変えておかないとこの国は滅ぶ。そうしないためにはこうするしかないの」 「でも、人柱なんだろ。それは死ねということだよな。楓にさ」 「だからそこが違うよ。むしろ逆。楓は死なないよ。鳥籠の中に入れば」  さらりと言い、彼女は彫像にひょい、と座った。 「今回使う鳥籠は特別性でね、二つのことができるようになってるの。一つ、有害物質を自ら吸い寄せることができる。二つ、鳥籠の中に入った者の時間を一定に保つことができる。五分過ぎたら、五分前の状態まで肉体と精神を戻せるってこと。だから楓は鳥籠の中にいる限り歳を取らない。永遠にそのままの心身を保つことができる。つまり」  足をぶらぶらさせながら彼女は感情の抜け落ちた声で言った。 「鳥籠の中から永遠に除染ができる。この国を蝕む有害物質のすべてが消えうせるまで。ずっとずっと」  言われた意味がとっさにわからず額を押さえていた陽向は、しばらくしてばっと首をもたげた。 「そんなの! 死ぬより辛いだろ! しかも地底湖の底って……そんなところで永遠にって……」 「そうかな? 考えようによっては幸せじゃないかな。だって彼はもう毒に飲まれる恐怖に怯えることがないんだ。陽向、君にもらった呪いの炎に殺されることもね。試しに見てあげようか」  そう言って彼女は懐を探り、小さな筒を取り出した。筒の端に目を当て、中を覗く。筒を通して彼女の視線が楓に注がれた。

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