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第75話 望み

「そうだな。鳥籠に入らず、今のペースで除染を続けるとするよね。それでいくと楓の寿命ってあと二十年ってところかな。炎の呪いにやられて命数が尽きる。仮に君から呪いをもらっていなかった場合はどうだったかも見てみようか。それでもプラス十年生きられたってくらいかな。もっともそっちの場合の死因は毒の浸食を受けて生体組織を維持できなくなってってものだから、どっちがいいとは言えないけど。ちなみに」  筒の先がすうっと陽向の方を向く。 「君はあと六十年は生きるね。まあ、この地底がちゃんと存続すれば、だけど」 「楓、こいつ本当に神?」  押し殺した声で背中にいる楓に問うと、気づかわし気に陽向の背中側の服の裾を楓が引いた。 「口の利き方が……。この方のおかげでみんな助かるんだから」 「そのみんなに楓は含まれてないよな。だって今の話が本当ならあんまりにひどすぎるだろう!」 「そんなことはないよ」  怒り狂いながら彼女を睨んでいた陽向は、背後から聞こえた彼の声に意表を突かれ振り向いた。楓は驚いている陽向を見てから、そっと目を伏せた。 「僕にとっても幸せな話だと思った。今聞いたろ。このままだと僕は遠くない未来に命を終える。でも鳥籠に入れば死なないでいられる」 「いや、いくら死なないからって。だって」 「陽向」  ささやかながら強い声に名前を呼ばれ、陽向は口を閉じた。その陽向をまっすぐに見つめ、楓は静かに告げた。 「これは僕の望みでもある。だからどうかわかって」  だけど、と言いたかった。けれど陽向は言えなかった。彼の瞳に宿る決意の影が陽向の口を重くした。  そう。彼が陽向の腕を求めたのももともとは恐ろしすぎる自分の末路を恐れたため。けれど鳥籠に入ればその恐怖から逃れられるのだ。それは彼にとって救いなのかもしれない。  だとしたらなにを自分に言えることがあろうか。そう思うのにそれでも頷けない陽向に、楓がそっと言った。 「僕は大丈夫。僕の時間は永遠に進まなくなる。それはここにある思い出を永遠に忘れないでいられるということだから」  笑ってそうっと心臓の位置に手を当てたその彼の頭を陽向は人目もはばからず肩に引き寄せていた。  さらりとした髪の感触と、やはり冷たい体温。なにも変わらずそこにいてくれる彼を感じながらも陽向は、彼を連れて逃げる、と言えない自分が悔しく情けなかった。  あのときなら、黒鳥の里にいたあのときなら、自分は楓を連れてどこまでも逃げられた。逃げようと言えた。けれども今回はもはや逃げるところがどこにもない。ここはもうすぐ毒に沈む。そうなれば彼は再び毒消しをしようとするだろう。命の限り。  そうすればするほど彼の苦しみは続いてしまう。逃げようと言った陽向の言葉が彼に新たな呪いの鎖となって彼をがんじがらめに縛ってしまう。  自分が与えられるものはなぜ、呪いでしかないのか。自己嫌悪に吐きそうだったけれど、そんな自分でもできることを陽向は一つだけ、見つけた。  それは、彼が見つけた幸福を見守ることだった。  永遠の時間が彼を幸福にする。彼が信じるその願いを受け入れることしか、自分にできることがないとこのとき、陽向は悟った。 「なあ、あんた」  楓の頭を抱えたまま、背後の彼女に声をかけると、なに、と軽い口調で彼女が返事をした。 「儀式っての、いつなの」 「一月後かな。まだ調整があるからね」  一月。 「楓。俺、それまで毎日ここに来るから。ちゃんと楓が行くところも見送るから。だから思い出作ろう。俺と。たくさん」  必死に彼に言うと、頭を抱えられたままの彼が頷くのがわかった。ありがとう、と言う掠れた声が陽向の耳を震わせた。

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