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第76話 わずかな

 儀式への立ち合いなどと勢いで言ってしまったから認められないかもしれない、と不安もあったのだが、意外にもあっさり許可は下りた。それは時見であるという彼女の口添えが大きかったらしいと如月に聞いた。  地底までもが毒に侵され始めた今、楓の力に頼るしかない現状を光の宮も心苦しく思っているからなのだろう、と如月は語っていた。 「光の宮って俺はほとんど口を利いたことないんだけどさ」  光の宮の離れに訪れ、楓の部屋でそう言うと、陽向の肩にもたれていた楓が目を上げて陽向を見た。 「楓の話を聞いているとすごく人間らしいんだな。あんな変な彫像を作ったり、素直に頭を下げたり。俺から見るとただただおっかない人だったけど」 「そういう顔をしないといけないと思っているのだと思うよ」  相変わらずの静かな声で言い、楓は物思う眼差しで宙を見た。 「弱いところを見せてしまったら不安にさせてしまうだろう。みんなに安心して暮らしてほしいからこそしなきゃいけない顔ってのはあるから」  言われて思い出す。この人の二つの顔を。長としての顔とこの人本来の顔を。陽向は楓の頭に頭を当てて言った。 「楓にはもうそんな顔をしないでいてほしい」  陽向の言葉に楓はひっそりと笑い、陽向の肩に頭をことり、と落とした。  一か月という限られたこの時間はまるであのときの再現のようだ、と陽向は日を重ねるたびに思った。  黒鳥の里で過ごしたあの日々。一日一日、怪我が治っていく自分。健康になるたびに近づく別れの不安。  それは、一つひとつ、彼との大切な思い出が増えていくごとに迫る、彼のいない日々の始まりを感じさせる今とまるで同じだ。  だから彼と過ごした後、自分の家へ帰る道すがら、陽向は涙を流さずにいられなかった。大の男が泣きながら歩くなんてみっともいいものじゃない。そうわかっていても止められなかった。

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