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第78話 儀式

 永久の鳥籠。  それが設置されたのは鈴生のあの地底湖のほとりだった。  あの日訪れたときは、明かりの一つもなく、ここは闇に沈んでいたけれど、今は湖の周辺一帯に煌々と篝火が焚かれ、眩しさを感じるほどの光が湖面を染めている。  その湖のほとり、そそり立つ永久の鳥籠を陽向は見つめる。  どんな素材でできているのか、見た目からはわからない。鈍色のそれは釣り鐘に似た形状をしており、ところどころに棘のような突起が見えた。岸からわずかに離れた位置に浮かぶその奇怪な物体へ向かうため急きょ作られたのだろうか。岸から細い橋が一本伸びている。そして、その橋の先、訪れる者を吸い込むかのように、鳥籠は壁面の一部を開き、その暗い口腔をあらわにしていた。  開いた扉を介し、鳥籠の中が窺えたが、中にはなにもなく、ぬらりとした闇だけがうずくまっていた。  地底の汚染が進んでいることは公表されていない。地底が失われるということはすなわち、この国の地底に生き残っている人間の滅亡を意味するのだ。人々をいたずらに混乱させ、まどわせることは新たな諍いの種を生みかねない。そう判断した時見、光の宮たちの判断から、すべては秘密裏に行われることが決定していた。  ゆえに今日の儀式に居並ぶ人の数は少ない。楓、時見、光の宮、如月、警護にあたる赤衣が三人、そして陽向だけだ。  ごくごく限られた人数であることがそのまま、彼が誰にも知られずこの国の犠牲になっていくことを示しているようで、陽向をやるせなくさせた。  けれど、陽向の気持ちとは関係なく、儀式は進み、別れのときは刻一刻と近づいてくる。今か今かと舌なめずりをするようにその口を開けた鳥籠が、楓を飲み込むときはもう、そこまで迫ってきていた。  緋袴を身に着けた光の宮が祝詞を唱えながら手にした鈴を鳴らす。意味はわからない。けれど一言だけ、陽向にも聞き取れたものがあった。 「幸多からんことを」  幸。  言葉を噛みしめながら陽向は今一度、鳥籠の内部に目をやる。  黒々としたそのまるで地獄の入り口のようなそれを。  あの中で彼は永遠を過ごす。死なず、ただ毒を身に取り込み続け、この世界を清浄にするために生き続ける。  それは、本当に幸多いことなのか。彼にとって本当に?  そっと彼を窺うけれど、湖に顔を向けた楓の背中に乱れはない。静かすぎるその立ち姿は、あの夢を陽向に思い起こさせた。  海の中、佇んでいたあの背中を。 「楓」  時見の呼び声に、楓が進み出る。白い長衣を羽織った時見が橋へと楓を誘う。その彼女の元へ楓は静かに歩を進める。

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