86 / 94

第86話 ずっと、愛してた

「なに……?」 「夜毎草。来る途中で摘んで来たの忘れていた」  青白い光が暗闇に閉ざされた鳥籠の中をぼんやりと照らす。青い花を楓の前に差し出すと、楓は陽向の手から手を離し、両手でそれを受け取った。 「本当はこれに入る前に渡すつもりだったけど、遅くなってごめん」  照れながら言う陽向の前で、楓は捧げ持った夜毎草にそうっと顔を寄せた。  ふわり、と夜毎草の清しい香りが鳥籠の中を漂った。  そのとき、がたん、と足元が揺れた。下降を始めたらしい鳥籠の床が傾く。断続的な振動に体の均衡を崩し、彼の方に倒れ掛かった陽向を楓が抱き止めた。けれど踏みとどまれず、壁に背中を当てる。  大丈夫か、と言おうとした陽向の背に回された彼の腕の力が強くなった。  触れた体から感じる彼の冷たい温度に胸が熱くなる。愛しい人の腰に陽向も腕を回すと、壁に背を預けた彼が言う声が聞こえた。 「本当に君はいつも僕が望むものをくれるね。花も、言葉も、温もりも、呪いも。永遠も」  静かな声がかすかな夜毎草の香りにふわりと溶けた。 「実際、君と会えなかった二年間、僕を支えてくれていたのは君から受けた呪いの炎だった」  驚いて彼の顔を確かめるように覗き込むと、楓はうっすら微笑んでいた。 「それくらい僕にとって君からもらった呪いは救いだった。たとえその呪いのせいで心臓が止まったとしても僕はそれでよかった。だってこの呪いは君と僕を繋いでくれるものだから」  そう言って楓はするりと腕を解き、手に握りしめたままの夜毎草に唇を触れた。  がたん、と再び床が揺れる。彼を庇うように壁に手を突く陽向を楓が見上げる。  夜毎草の青白い光に照らされ、楓の声が柔らかく陽向を包んだ。 「愛してる。君を、ずっと愛してた」 「…………やっとちゃんと聞けた」  思えばちゃんと言ってくれたのはこれが初めてかもしれない。  笑おうとして陽向はふっと息苦しさを覚える。じりじりとあぶられるような熱が皮膚を走る。痒みに似た刺激から始まったそれはやがて痛みとなって全身を覆った。

ともだちにシェアしよう!