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第87話 毒消し

 絶叫しそうになるが押さえつけられるように喉が塞がれていて息ができない。  なんだこれ、と言いかけてここが鳥籠の中だったことを思い出す。 これが、毒の痛みということか。  なるほど、確かに痛い。痛くて気が狂いそうだ。  けれど痛くていい。そうでなければ罰じゃない。  転がり回りたい気持ちを必死に押し殺し、壁に突いたままの手を滑らせ、ずるずると蹲る。その手の甲を見て陽向は悲鳴を上げそうになった。  皮膚が真っ赤に焼けただれていた。  苦しくてうなだれたその陽向の頭がそのときふわりと抱きしめられた。次いで冷たい指が頬を滑り、陽向の頬を包む。霞む目を上げるとほとんど距離のないところに楓の顔があった。  楓、と名を呼ぼうとする声もろとも口づけられる。冷たい唇が熱を持った頭を冷やし、痛みに支配された感覚を拭い去っていく。うっとりと目を細めたとき、口の中に温かいなにかが注ぎ込まれた。ほのかに甘いそれに、え、と目を見開いた陽向の目を唇を合わせたまま、楓が見つめ返す。その目に促されるようにそれを飲み下すと同時だった。  あれほどに全身を覆っていた熱さと、喉を塞ぐ息苦しさが消えていた。 「ごめん。痛みを与えないと言ったのに」  唇を離し、楓が悔しそうに詫びる。その彼の口元を見て、陽向ははっとした。嚙み切ったのか唇が切れ、赤い血が滲んでいた。  そろそろと手を伸ばす。その自分の手の甲にあったはずのただれも綺麗に消えていることに陽向は気づき目を見張る。 「血、使うの。毒消しって」  指先で彼の唇の血を拭うと彼は、汚れる、と言って身を引こうとする。が、陽向が手を引っ込めないのがわかると、困ったような顔をしながら首を振った。 「必ずしもそうじゃない。鳥籠と同じように僕たち黒鳥も毒を引き寄せることができる。張り付いた毒を剥がし、気化させた状態にしてそのまま皮膚から取り込むんだ。ただ、一度人の体内に入り込んだ毒を消す場合や、毒ですでに障りが出ている場合は、僕の血をその人の体に与えてやらないと消せないから」  淡々と揺らぎのないいつもの声で言う彼の顔を見て陽向は眉を寄せる。  暗がりのせいばかりではなく目元に影が滲んでいる。触れた肌もいつも以上に温度が低い。  彼にも反動が来ているということなのか。自分の思いばかりを優先しついてきてしまった陽向のせいかもしれない。申し訳なさに目の前が暗くなる。ごめん、と漏らした陽向に彼は激しくかぶりを振ってみせた。

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