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第89話 刻まれていくもの
もうどれくらいの時間が経ったのか。
自分達にはわからない。この鳥籠の中にいる限り、自分達の肉体は、心は永遠に鳥籠に入ったあのときに戻り続ける。
一体、どれだけの時間が鳥籠の外では過ぎているのか、鳥籠の壁に印をつけて数えてみようかとも考えた。この印を目にするたびに線を引くこと、の文言を壁に刻み、線を引きかけたが、線が五百本を超えたところでやめることにした。
どれだけ数えたところでそこに意味はないと二人ともが悟ったからだ。
実際問題、線が本数を増していっても毒は消えてはいなかった。積み重なる時間の重さを自分達は感じることはなかったけれど、線を引いても引いても消えていない毒の絶対的な多さを、自分達が引き始めた線によって思い知らされることは気を滅入らせることにしかならなかった。
鳥籠の中での時間は続いていた。永久の名にふさわしいほど長く。
心も体も戻り続けるということは、あのときから一歩も進まないことと等しいと陽向は考えていた。だがもしかしたらそれは間違いだったのかもしれない。
繰り返される痛みと苦しみ。覚えてはいない。体に残りもしない。けれど心の奧には刻まれている気がした。密やかに自分達を苛んでいく気がした。
それは果てのない煉獄の時間であり、人というもののなした罪をその身にすべて負い、償い続ける時間に似て、その重さと果ての名さが陽向を押しつぶした。
けれどそれでも自分が潰れずにいられたのは、心の奥に刻まれているものが苦痛だけではなかったからに他ならない。
確かに記憶にはない。けれどふとした瞬間に思い出すことがあった。
痛みにもだえる自分を抱きしめてくれる彼の腕の感触を。囁かれた「大丈夫」の声を。
自分を腕に抱え込みながら彼がひっそりと歌った、彼の里に伝わったという子守歌の少し物悲しい旋律を。
そして、「愛している」と言って微笑む彼の澄んだ笑顔を。
それが本当にあったことなのか、自分には知るすべはない。けれど戻され続けていてもなお、刻まれていくものは確かにある。
繰り返し繰り返し刻まれて、消せなくなったものはきっとある。
重さを増していったものもきっと。
青白い光の中、陽向は腕を伸ばす。抱き寄せると抵抗なく胸の中へ彼の体が落ちてきた。
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