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第90話 あなたがあなたでいてくれたことを僕は

 がたん、と大きく揺れる床に足を取られそうになりながら、陽向は彼を抱えて鳥籠の床に座り込む。  壁にもたれ、彼の肩を抱きしめる。こうして抱きしめるのも一体、何回目なのか。わからないけれど、もう腕の中にいる体が自分自身のもののような気すらしてしまう。  それは数えきれないほどの時間を何度も戻り続けたからなのか。 「後悔、している?」  腕の中からふいに響いた声に陽向はぎょっとする。 「後悔? なんで?」  陽向の問いかけに彼は一瞬言いよどんでから、低い声で続けた。 「崖から落ちた君を僕が拾わなければ、君はこんなところで無限の時間を生きることにはなっていない。君には心配してくれる家族がいたし、それに」 「家庭を作れたのに、とかそういうこと言おうとしたら怒るぞ」  まさにそれを言おうとしていたのか、楓が口ごもる。やれやれと首を振った陽向は目を伏せた。 「どちらかといえば、俺よりあんたの方が後悔していないとおかしいだろ。俺を拾っていなければ、あんたは里を失わずに済んだ。こんなものに放り込まれることもなかったよ」  そう、陽向が後悔をするとしたらそれだ。自分が彼と出会ってしまったことで彼の運命を大きく変えてしまったことだ。  だが、その陽向の言葉に彼はゆらり、と首を振った。 「そこに後悔はない。もしも君と出会っていなければ、僕はそれこそどうなっていたかわからない。自分を自分で終わらせていたかもしれない」  けれど、と言って彼が目を伏せる。 「長になってしまったことは後悔している。僕が長にさえなっていなければ、死なないで済んだ人が大勢いた」  陰が落ちるその顔を見つめ、陽向は彼の頭を自身の肩に押しつけた。 「それでもあんたが長をしてくれたおかげで救われた人もたくさんいたよ」  慰めるように言うが彼の憂いは晴れない。きっとこの人はこの無限の時間の中でも十字架を下すことはないのだろうな、と陽向は苦い思いを噛みしめる。  でもだからこそ、陽向は言わずにはいられなかった。 「あんたがあんたを許せなくても、俺はあんたがあんたでいてくれたことに心から感謝しているよ」  楓は黙って陽向の言葉を受け止めた後、陽向の肩に額を押し当てて囁いた。 「僕も、君が今の君でいてくれたことを、心から感謝している」

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