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第93話 2823年

 だが、自分が触って無事に済むわけがない。逡巡し、首を振る陽向に、時見は笑いながら髪を耳に掛け、耳たぶを見せた。彼女の耳の上、赤い石がきらり、と光る。 「大丈夫。君の力、散らす技術はもうここにはある。西暦2823年の今にはね」  2823年。  耳にした数字に頭が追いついていかない。だが呆然としている陽向の頭にひょい、と時見が手を触れ、陽向は仰天した。  彼女は砕け散らなかった。 「だから、ほら」  ぐい、と手を突き出され、陽向はそろそろと手を上げる。がっしりと手を掴まれ、陽向は引き上げられた。  鳥籠の外壁に手をついて立ち上がろうとした陽向の頬を、するり、と生臭い空気がなぞった。  嗅いだことのないその香りに首を傾げた陽向は、そこで息を飲んだ。  そこは、あの地底湖ではなかった。岩壁に突きあたるはずの湖の端は遮られることなく、どこまでもどこまでも続いていた。  そして、暗く沈んだ水の上、広がっていたものもまた、岩天井ではなかった。  果てのない黒と、金銀の光が頭上いっぱいに広がっていた。  ざざん、と黒い水の中、そこだけ白いしぶきが横倒しになった鳥籠をなめた。

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