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1-5 ハロウィンの日、吸血鬼に出会う
「髪は乾かしてきた方がよかったんじゃないかな」
声に驚いた少年は立ち上がろうとしたが、その細腕を力強く掴まれ入れ替わるようにソファーへと押し倒された。その体格差は一目瞭然で、少年の力をもってしても押し返せるものではなかった。
恭隆の表情は先ほどまでのものとは異なり、眉間にしわを寄せ、口元もゆがむ。
「ご、ごめんなさい……!!」
「仮装の続きにしては、やり過ぎじゃないか?」
何とか恭隆から逃れようと身じろぐ少年は、恭隆の目を通して見れば実に無防備だ。両腕を掴まれている状態でソファーに押し倒されている。
彼に出会ってからというもの、どうしても思考がやましい方に行ってしまいがちになる。
(ああ、いっそこれを口実に一回襲ってしまおうか)
シャワーを浴びた少年の身体は少しばかり紅潮している。まだ乾ききっていない髪は汗で濡れたときのように妖艶に映り始める。
「あの、おなか、すいて……!!」
「あれだけ食べてもたりな……。いや、だからって俺の首を噛んでも腹は膨れないだろ。そこまで吸血鬼になりきるのも大概に……」
「本物です!」
少年の言葉に、一瞬だけ腕の力を緩める。その場しのぎの嘘にしては、少年の表情は真剣であった。
「本物と主張しても、それで信じる大人はいないよ」
「どうすれば信じてくれますか? 牙ならほら、この通り」
そう言って少年は口を開き、歯を見せてくる。確かに犬歯よりも鋭い二本の歯、牙が見て取れる。だが、それだけで信じろという方が難しい。
「俺も詳しくはないけれど、ニンニクとか十字架が駄目なんだっけ。……どちらもないな」
少年の腕を片手で抑えながら、テーブルの上に置いたスマートフォンをなんとか手繰り寄せる。どのみち眉唾物でしかないが、創作の情報もないよりはましだ。いくつか探してみると、一つ確認が取れそうなものがあった。
「……鏡か。どうやら本物の吸血鬼は映らないらしいけれど」
「鏡? ……ああ、多分映らないと思います。映らなかったら本物だって信じてくれますか?」
「鏡に映らない者は人間じゃないとは思うね」
身長の問題さえクリアできれば、鏡には誰しもが映るだろう。
恭隆は少年を起き上らせ、肩をしっかりとつかむ。その背は並んでみれば恭隆の胸元くらいまでしかなく、体格差をありありと知らしめる。
洗面台まで行けば、少年の背丈でも映る鏡がある。先を歩く少年は、鏡には映らなかった。あとから来た恭隆の姿はしっかりと映るが、少年の姿は本来映るべき場所には全く見えない。
「ほら!本物なんです!お腹が空いたのも、本当です! ……人間の食べ物だけじゃあ、お腹は膨れません」
少年は必死になって主張し、声色は段々尻込みしていく。鏡に映らないとなれば、確かに恭隆も信じざるを得ない。そもそも、彼の瞳は赤く、それがカラーコンタクトでなければ実際に赤いことになるし、アルビノと呼ばれる者でなければ、その髪色も自然の色なのだろう。
(仮装していたとしてお菓子もカバンも近くになかった……つまり、近所のイベントに参加していた子供じゃないのは明白だ。……親のことを渋っていたのも、吸血鬼だと知られないためか?)
「……改めて聞くが、親は」
少年はぽつりと話し始める。
「今は、修業中の身です。一人前の吸血鬼になるための。一人前になるまでは、家に帰れません。親との連絡も、そう滅多にとってはいけないことになっています」
「なるほど、親公認の家出もどき、か……」
恭隆は考えるそぶりをして、少年に尋ねる。
「年は」
「えっと、100は越えて、105です」
「ひゃっ……」
想像を超えた桁数に、思わず口元を抑える。自分よりもはるかに、いや祖父たちよりも年上とは思えない外見をしている。それもまた、吸血鬼ならではなのだろう。
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