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1-6 ハロウィンの日、交換条件
恭隆は一つの結論に至る。それは、目の前に人間ではない怪物が、突如として現れたことへの混乱と、少年が思った以上に『好み』だったことに起因しているのだろう。
性別は元から気に留めていない。外見だけは未成年だとか、そんな理性はどこかで焼き切れていた。
(俺の趣味を、受け止めてもらえる理由を突きつければいい)
「分かった、君が吸血鬼なのは認めよう」
「じゃあ……!」
明らかに少年の表情が明るくなっていく。満たされぬ空腹を慣れない人間のご飯で誤魔化していたのも限界だったのだろう。
「……俺の血を吸いたいなら、いくらでもどうぞ。もちろん、死なない程度にとどめてくれたら」
健康体そのものと言わんばかりの体つきをした恭隆は、目の前の美しき吸血鬼の少年に笑ってみせた。
「その代わり、交換条件だ」
今度は優しく少年の手を引き、リビングを越え自身の寝室へと向かう。電気をつければ実に片づけられた質素な部屋だ。ダブルベッドに座るよう案内された少年は、素直に従う。ふかふかの羽毛布団が珍しかったのか、楽しそうにその感触を楽しんでいた。
ごそごそと、床下の収納棚から恭隆が取り出したのは、犬などにつけるよりも一回り大きい、人間サイズの大きな首輪だった。ベッドの感触を楽しんでいた少年の動きがぴたりと止まった。
首輪の先には重々しい鎖が伸びている。足元までたどれば、手首や足首用か、拘束具が転がっていた。
「俺の趣味に付き合ってくれること、いいね?」
細く日の当たらない場に生きる白い肌にかけられた、赤い首輪はよく映える。
ベッドの感触を楽しんでいた体は硬直し、冷たく問いただす。
「……人間は吸血鬼をペットにするんですか?」
少年の言葉には、少しばかりの疑念と怒りが込められていた。予想外の言葉に、恭隆は驚き目を丸くするが、すぐに先ほどまでの調子を取り戻そうとする。背筋の冷えは、今だけは無視することにした。
「いや、俺の趣味はそういうことじゃない。……プレイの一環なだけだ。普段はそんな対応はしないよ」
「プレイ? ……それって、もしかして」
少年の顔が赤くなっていくのが面白く、恭隆はくつくつと喉を鳴らしながら笑った。
「そう、性行為さ。分かるんだ」
「分かります! 実家の近くにサキュバスとかいますもん!」
頬を膨らませながら反論をする少年の反応をひとしきり楽しんだ後、恭隆は改めて、彼の顔を真正面から見つめる。その表情から笑みが消え、先ほどの追求を思い出し少年は肩が震える。
「それで、どうする? 嫌がることはしないと約束するし、行為を止めるための約束事が必要だからそれも二人で決める。今日いきなり会って身体を重ねるのも不躾なのは理解している。だからこれは未来の約束だ」
恭隆はおびえる少年に対し、努めて優しく問いかけた。理性が切れたとはいえ、今の少年は食欲と言う人間の根幹にある欲求を満たせていない状態にある。
生と死の境目にいる可能性が高い。言わば脅しに近い交換条件を飲み込むとは、思えなかった。
(駄目なら一回でも吸わせて、落ち着かせればいい。……俺の趣味は、そういうものだ)
恭隆の視線がうつむき始めた頃に、少年はようやく口を開いた。
「……好き同士がするもの、ですもんね。わかりました。お互い、その相手ができるまでなら」
「そりゃ駄目だよね……え」
まるっきり予想外の発言だった。顔を上げれば、首輪につながれながらも、強い意志を感じる赤い瞳が実に印象的だった。
その背には、星も消えた新月の夜がとっぷりとおちた深い夜を思い起こさせ、目がくらむ。
「真祖の血を継ぐ吸血鬼の一族の一人として、その交換条件、のませていただきます」
人間の常識も、美しさも超越したその凛とした姿は、恭隆の心をしっかりとつかんで離さなくなった。
「……お兄さんの名前、聞いてもいいですか?」
「恭隆、本条恭隆。……君は?」
「ユーヤです。姓は滅多に他人には言わないことになっているんです」
言えなくてごめんなさい、そう言い申し訳なさそうに笑うユーヤは、次いで空腹を訴える腹の虫を黙らせるように腹を抑えた。
先ほどまでとは違い、夕食を食べていた頃の子どもらしいあどけない表情を見せるユーヤに、恭隆も目が覚めるような思いだ。まるで、催眠術にでもかかっていたようだと、一人思う。
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