思えばこの土日は、３日の祝日と合わさり三連休だ。休日出勤することもなく、だからといって予定を入れているわけでもなかった。 　社長職ではあるため、忙しくないことはいいことなのか悩みどころではあるが、この時ばかりは仕事がなくてよかったと、恭隆は胸を躍らせる。 　朝食を食べ終わり、ユーヤは改めて部屋の物色をしているようだ。特段珍しいものを収集しているわけではないが、人間の持っているものはやはり見慣れないものもあるのだろうか。 　特に気になっている様子を見せていたのは、私用のノートパソコンだ。仕事で使うものとは分けているため、機密情報が漏れることは無い。だからと言って、見られていいものかと言えば、そうではなかった。 　一昨日、電源を切り忘れスリープモードになっていたパソコンは、片づけようと慌てて近づいた恭隆の顔を認証し、恭隆の意図とは正反対に、デスクトップを開き始める。 　 　ネットにつながっていたパソコンは、直前に見ていた動画を画面一面に映し出した。 　そこに映っていたのは、見目美しい女性が、艶めかしく拘束され、今にも犯される手前のーーアダルトビデオの画面だった。 「…………」 　恭隆は天を仰ぎ、一昨日の自分を恨んだ。昨日、確かに恭隆は吸血の交換条件として、趣味である拘束プレイに付き合ってもらう、と切り出した。そして幸か不幸か了承を得たのだ。 （とはいえ、三代欲求を引き合いに出した卑怯な手口。……罪悪感がないわけでは、もちろんない） 『……人間は吸血鬼をペットにするんですか？』 　昨日の言葉は明らかに、嫌悪の意が込められていた。内心ではどう思っているのか、計り知ることは出来なかった。 　ちらりとユーヤの方へ視線を移せば、目を丸くしながらもパソコンの画面を凝視している。昨日わずかながら拘束具を見せていることもあり、そこまでの衝撃はなかったのだろう、平然としていた。 「……ユーヤ？」 「あ、はい！なんでしょうか、ヤスタカさん」 　名前を呼ばれれば、素直に恭隆の方を向いてくる。その態度は天使そのものだ。 「いや……その、変なもの見せてごめん」 　ユーヤは首を傾げ、パソコンの画面と恭隆を交互に見る。 「ヤスタカさんは昨日、こういうのが趣味だと言っていたので、本当にお好きなんだな、と」 「その、理解がある、と言うか……君は、嫌じゃないのか？」 　考えるそぶりをして、ユーヤは答える。 「近所のサキュバスたちや一人前の吸血鬼たちに、修行に出る前にいろいろ教えてもらいました。人間の中には、吸血鬼だと明かしたらひどいことをする人もいる、と」 　恭隆の心に、鋭い刃が刺さるような痛みが走る。まさに自分のことだ、と。 「けれど」ユーヤは続ける。「ヤスタカさんは、違うって言いました。日常までは支配しないと。それが本当だと分かって、よかったです」 「……そうなの、か？」 「だって、この画面、今動いていますけど……」 　ユーヤがパソコンの画面を見れば、いつの間にか再生ボタンが押され、動画内ではまさに最中が流れている。 「女の人も、望んでいることだって、分かりました」 　動画の内容としては確かに、自ら望んで緊縛師の元へ訪れた女性の話であったはずだ。説明文まで読んでいたのか、動画の内容と合わせて、ユーヤは恭隆の趣味を理解したようだ。 （一昨日無理やり系見てなくてよかった……！） 　無論ユーヤをペットのような扱いをするプレイに巻き込むことはしない。たとえそう言った願望が出たとしても、会ってすぐにやることは決してない。 「だからヤスタカさんも、ひどいことしないって」 　もししたとしても、すぐに止めてくれそうだとユーヤは付け足した。 （そこまで善人ではないけれども、そう思ってくれるのなら嬉しい） 　胸のとっかかりが、少しだけだが取れたような思いだ。実際に行動に移すと感じ方が変わるかもしれないが、それはそれ、だ。抵抗感がなくなっているのはいい傾向だと思う。 （彼の食事の代わりとは言ったが、まぁゆっくりやっていけばいいだろう） 　恭隆は食器を片付け終え、コーヒーを淹れようと準備を始める。今後の予定をじっくりと考えようとしたが、その目論見はすぐにユーヤに砕かれることになる。 「……昨日の食事の代わりは、いつやるのですか？」 「えっ」 「そういう約束でした」 　淡々と言いのけるユーヤは、生きている年数からもそうだが恭隆よりも年上に思える。 「や、でも、君の心の準備が」 　目線を反らそうとして、視線を床に落とそうとする。自然とユーヤの身体を眺めることになったが、下半身が少し主張をしていることに気が付いた。 （動画で気分が盛り上がっているのか……！） そう思い、改めてユーヤの顔を見る。恭隆の視線の先が、自分の体に向けられていると分かり、恥ずかし気にうつむく。頬は紅潮しており、肩をすくめ縮こまっている。 「昼間は、だめですか」 「ダメじゃないです」 　即答するとは、自分でも欲に素直だなと思うが、抑圧され続けた趣味の欲求が、好みの者によって発散されようとしているのだ。誰でも興奮するものだと思う。 　まるでユーヤに誘われるように、日の当たりができるだけ遮られる、客室用の寝室へ足を進める。 　昨日は近くで寝てもらおうと思い自分の寝室へ案内したが、光を考えれば客室用の場所が一番いいだろう。部屋で待っていてもらい、自室へ向かう。浮足立ちながらも床下から道具を持っていく。ソフトなものしかもっていないため、動画のようにはいかないだろうが。 　今の時間ではあまり日のあたりが差し込まない客室は電気をつけなければ薄暗い。互いの姿が見えなくなるほどではないが、どこか怪しい雰囲気を出しているのは、今からする行為ゆえだろうか。 　自身のシャツを着て布団の上に座るユーヤは、首元を無防備にさらけ出し、薄い肉からは鎖骨がくっきりと見える。時折見える耳の形や八重歯のような牙が隠れていれば、普通の少年に思えてくる。髪色と瞳の色は、それこそ染めたりカラーコンタクトをしたりすればいくらでもカモフラージュできる。それゆえ、恭隆が感じる背徳感は高くなり、その分興奮している。 （やっと、出来るのか） 　今まで付き合ってきた人は皆、拘束具を見せただけで拒絶し、そのまま別れてきた。それゆえ、次の恋人にはこの趣味をさらけ出そうとは思わなかった。 （諦めていた。それが、今……） 　隠しきれない高揚感は顔に出る。今自分の顔は、しまりのないものになっているのだろう。とてもではないが、会社の社長をしているとは思えないほどに。