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2-3 翌日、キスからはじめよう(☆)

 *****  恭隆の興奮している姿を、ユーヤはにこやかに笑みを浮かべながら見つめている。余裕があるように思うが、胸元のシャツを握り締めている辺り緊張はしているのだろう。 (ああは言ってくれた、けど、タカが外れることもあるって、聞いたことがある)  ご近所など周りの知人がいろいろと教えてくれたことを、ユーヤは一つ一つ思い出す。何かあれば、逃げた方がいい。だが、拘束をされれば逃げることは叶わないかもしれない。 (霧化、出来なくはないけど……。でも、ちゃんと嫌だと言えば、大丈夫だよね) 「そうだ」  恭隆が思い出したようにつぶやく。ユーヤの緊張が伝わったのだろうか、恭隆も布団の上に座る。その手にはまだ何も持っていない。 「ユーヤが無理しないように、嫌なことがあったら言う合言葉を決めてなかったな」 「あ、そういえば……言ってましたね」  知識を教えてもらっているとはいえ、あまり細かなことは聞いていなかった。ユーヤはどういう言葉がいいのか、恭隆に聞いてみる。 「そうだな……拒絶の言葉は無意識に出るから、行為に全く関係ない言葉を選んだ方がいい。あと、言いやすい言葉かな」 「……食べ物、とか」 「そういうものでもいいと思う」 「それじゃあ『チーズ』……で。昨日の、おいしかったので」 「ああ、燻製の。また今度作るよ。……分かった。じゃあ、チーズで」  相向かいに座っていた恭隆が身を乗り出し、ずりずりとユーヤに近づく。どこか含んだ笑みを浮かべた恭隆は、少し怖い。唇をかみしめ、恭隆から視線を外さぬよう心掛ける。 ***** (緊張がすごい伝わってくる……)  表面上は笑みを浮かべているが、内心恭隆は戸惑っていた。このまま進めてもいいのだろうか、何か落ち度はなかっただろうか。 (しかし、ここでストップをかけたら男が廃る。覚悟してくれているユーヤにも悪い)  後ろに置いてある首輪を右手で掴み、引き寄せる。鎖同士がこすれ合い重い金属音がする。    自分たちの前まで持ってくれば、昨日も付けた赤い革の首輪を、ユーヤの首にかける。 「今日はあくまで飾り目的だから、きっちりはつけないよ」  戸惑い、自身につけられた首輪とその鎖の先を持つ恭隆を見比べれば、ユーヤは小さく頷いた。 (昨日は冷や汗が出るかと思ったけれど、こうしてみるとまだ幼いんだな)  威厳に近いオーラを感じ取った、昨晩のことを思い出す。外見は子供のように見えるが、長い時間を生き、吸血鬼という種族に誇りを持っているのだろう。恭隆は、彼の意思を傷つけぬよう、心を配るよう努めることに決めた。 (どこがネックになるかは、やってみないと分からないけど)  恭隆は膝が触れ合うくらいにまでユーヤに近づき、空いている左手を高く上げれば、ユーヤの柔らかく細い髪を撫でる。 「キスをしても?」  優しい口調で尋ねる恭隆に、ユーヤはまた小さく頷いた。 (首輪をかけられるだけでも緊張するだろうに、優しすぎるだろ……)  自分でもどうかと思うが、恭隆以上に危ない思考を持つ者もいる。そんな奴のところに転がり込むことにならず良かったと、他人事ながらに思う。 「ありがとう」  少し下がり、目線が合うくらいにすれば、ユーヤも答えようと上向きになる。深く赤い瞳が、見上げるように恭隆を見てくる。その先にわずかに見える首輪も、大きなシャツの中も、どれをとっても恭隆を煽っているように見えるから、不思議だ。  恭隆はユーヤの薄い唇に、幾度か軽く触れるキスをする。小さく水音を立てるように繰り返せば、くすぐったいのかユーヤは身じろぐ様子を見せてくる。頬にも軽いキスをすれば、恭隆は首輪が欠けられている首筋に狙いを定める。  まるで昨日、自身が受けた吸血行為のように。 「首に、ですか?」 「駄目かい?」 「いえ、そうじゃなくて……人間も、血を吸うのですか?」 「吸わないよ」  恭隆はちゃんと答えれば、また音を立て、小さくキスを繰り返す。くすぐったさから、ユーヤの口から小さく声が漏れる。 「くすぐったい?」 「は、い……少し」 「嫌だったら、ちゃんと言うんだよ」  ユーヤが頷いたことを確認し、視線を首に戻すが、ふと背中に違和感を覚える。二人の背丈の差が大きく、背を丸くしていかなければならない。 「……寝そべらせても、大丈夫かな」 「僕が、寝るんですね。分かりました」  ユーヤは息を整えながら、ゆっくりと、ずるずるとその身をずらしていく。不安からか、布団に寝そべったユーヤは両足を曲げ、両手を握り縮こまる。覆いかぶさるように、恭隆も姿勢を低くするが、こうも無防備だと、どうしても視線は胸元や、わずかながらに高ぶる、ユーヤの身体に向けられていく。  手を出したい気持ちを抑え、恭隆はまた唇に軽いキスを落としていく。 (さっきの動画が相当刺激的だったんだろうな……でも、刺激が強すぎて会って一日経ってない奴にやるもんじゃない)  性行為を目的で会っているならいざ知らず、二人は食事と引き換えの行為なだけであり、感じやすい場所に触れるのは、まだ先だろうと思考を巡らせる。 「……ちなみに、なんだが。ユーヤは、こういう経験は」  ユーヤは紅潮していた頬をさらに赤くする。 「ない、です。耳年増だって、よくからかわれます」 「……分かった」  恭隆が予想していた答えが返ってきた。知識はあるからこそ受け入れることもできるが、実際にしたことがない以上緊張する。 (胸以下に触るのは、今後だな)  キス以上のことを行うのは後に回し、恭隆は一度ユーヤの身体から離れる。引っ張ることのないよう、鎖の持ち手を離し、他の拘束具に手を回す。 「ヤスタカさん……、あの、ごめんなさい」 「え?」  今の一連の流れで、ユーヤが謝る行為があっただろうか。素っ頓狂な声を出した自分に驚きつつ、持ちだそうとしていた手首用の拘束具を落としかける。 「僕、知った風に、やったことある風に、聞こえてましたよね……」 「いや、大体反応でわかってたよ。だから、今日はこれ以上しないし、ちょっと、目で楽しませてもらおうとは思ったけれど……」  なるほど、自分が経験の有無を聞いた後、身体から離れたことが、ユーヤにとっては拒絶の行為に見えたのだろう。 「謝らないといけないのは、俺の方だな。不安にさせてごめん」  恭隆はそういいつつ、手を握り合わせ胸元に置いていたユーヤの手首に、柔らかい布製の手錠をかけ始める。こちらも鎖でつながっているが、マジックテープ式になっているため簡単に外せる。 「怖くない?」 「大丈夫、です……」 「肌を見られることに、抵抗は?」 「恥ずかしい、です。でも、嫌では、ないです」 「ありがとう」  繋がれた両腕を、ユーヤの頭の上まで持っていき、布団の近くに置かれた茶机の脚に引っ掛ける。身動きがとりづらくなり、首輪以上に拘束されたという実感がわいたユーヤは、不安そうにヤスタカを見つめる。 「大丈夫、このままどこかへ行ったりはしないし、嫌だということはしないから」  恭隆はわずかにめくれ上がったシャツの裾を持てば、ゆっくりと胸元、首までまくっていく。抵抗ができないユーヤは、その行為をじっと見つめるしかなかった。 「肌寒いと思うし、なるべくすぐにおろすから」  恭隆はそう言うと、今のユーヤの格好を眺めはじめる。  身じろぎ、その度に音を立てる鎖は、手首と首元につけられている。首輪の鎖につけられた持ち手は、今自分の手元にある。  紅潮している頬と、生理的に出る涙で潤む紅い瞳は、支配欲を高ぶらせ、同時に嗜虐心をあおり始めた。さらけ出された胸元は、確かに人間の肌色に比べるとは異なるが、些細なことと思わせるほどに、美しく思えた。  鎖骨あたりまで裾をまくっているため、いずれ開発していくであろう小さな飾りも、今は控えめに顔を覗かせている。  思わず、生唾を飲み込んだ。  この背徳的で、美しい光景を、ずっと眺めていたい、と。 「……写真、は、だめかな」 「え、っと……写真は、映らない、かも」 「え?」  動揺を隠しきれず、茶机に置いてあるスマートフォンを取り出し、撮らないからと一言添えてカメラを起動させる。するとユーヤの言うとおり、そこにあるのは誰も寝そべっていない布団に、不自然に置かれた拘束具、そして茶机の脚だ。 「くっそ……!鏡の時点で気づくべきだった!いやもちろん拒絶されれば撮らなかったけれど!せっかくならデータ保存して今後アルバムでも作って……」  言いかけ、はっと我に返る。後半の非道ともとれる発言は、ユーヤはイマイチ理解できていなかったようだ。彼はきょとんと目を丸くしている。 「……ごめん、ちょっと、日ごろのうっぷんが」  恭隆はそう言うと、まくっていたユーヤのシャツを戻し、一つ一つ拘束具を外していく。 「大丈夫、ですか?」  これで一回分、としてカウントしていいのだろうかとユーヤは表情を変えぬまま尋ねてくる。 「もっと、触ってくるのかと思っていました」 「俺だって節度は守りたい。いくら好みの子だからって、昨日初めて会ったのに触ったりはしないよ」  手首や首に擦れている箇所がないことを確認して、恭隆は道具を箱の中へしまっていく。お互いに下半身に溜まりかけた熱は収まっているようだった。盛り上げるだけにとどまり発散をしていないため、不完全燃焼になっているかもしれない。 「……期待してた?」  口元を歪ませ、楽し気に尋ねる恭隆に、ユーヤは頬を膨らませる。 「その言い方はいじわるです!」  自由になった手で、ぽかぽかと恭隆の胸板を叩く。ユーヤとは異なりそれなりに厚い恭隆の胸はびくともしなかった。 「……でも、ちょっと期待していました」  先ほどまで余裕で笑っていた恭隆の思考は固まり、一瞬にして、拘束されながらも乱れるユーヤのはしたなく愛らしい姿を、妄想してしまった。

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