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2-5 翌日、知り合いの子なんです!

 駅は都心のものほどではないがそれなりに大きく、三連休初日の午後とあって人も多かった。 「わぁ……」  ユーヤにとっては滅多に見えない光景だろう。行き交う人にぶつからないよう、またはぐれないように手をつなぎ、駅ビルの中へ入っていく。 「すごいですね、こんなに人がいるなんて」 「今日は三連休で休みの人も多いからな。さて、子供向けの服は何階だ……」  普段行かない店に行くためか、行きなれた駅ビルでも案内板にかじりつく。女性ものの服飾店は多いが、男性、こと子供向けとなると案外少ない。自身がよく行く店に子供向けはあったか、と唸っていれば、ユーヤに裾を引っ張られる。 「なんだ」  ユーヤの方を見ようと視線を下げるが、上から聞き覚えのある声が降ってくる。 「社長、俺ですよー」 「た、田崎くん!?」  姿勢を伸ばし本来の視線に戻せば、黒髪の毛先にくせがある、色白の肌に人のよさそうな笑みを浮かべている男がそこにいた。左目の下の泣きボクロが印象的な男は、確かに、オフの姿でにこやかに笑う、営業部社員の田崎がいた。昨日退勤時に菓子を渡した際、デートがあると言って速足で帰っていった男だ。 「そんな焦ることありますー?」 「いや、だって、君地元ここじゃなかっただろう?」 「あー、そうですね。まぁ出掛けていたんで。乗り換えついでに買い物でもしようかなって」  タイミングが、明らかに悪い。特段休日に社員と出くわすことについては何とも思わない方だ。それぞれの生活圏があるし、会えば軽く挨拶をするくらいなものだ。  だが今日は違う、ユーヤがいる。昨日の今日出会った少年のことを知るわけがなく、社員に知らせるどころかなんと説明すればいいのかなど、考えてもいなかったのだ。 「しゃちょう?」  ユーヤが恭隆の方を見ながら小さく尋ねる。恐らく田崎が来たことを知らせたかったのだろう、裾はすでに手放していた。 (そうか、俺の職業のこととか言っていなかったな。いや、今は田崎くんへの弁解を……!) 「そうそう、お菓子会社の社長さん。一番偉い人なんですよ」 (いやなんでお前が答えているんだ!?)  子どもに慣れているのだろうか、田崎はユーヤの視線に合わせかがみ、にこにこと楽しそうに話している。自分がそこの社員であること、恭隆と同い年であることを告げ、たまたまカバンに入っていたのだろう、自社商品のお菓子を渡せば、ユーヤの警戒心も少し薄れたのか、小さく頷いている姿が見える。 「君は社長の知り合いですか?」 「そ、そうなんだ!知り合いの子どもを、急に預かることになって……!」  田崎の発言を貰う形となったが、とっさに出てきた言葉がすらすらと出てくる。知り合いという言葉の範囲は広い。足はつかないだろう。ユーヤもぼろを出さないように、口を一文字にむすんで頷いた。 「えー!? 大変ですねそれ」  目を丸くして、恭隆の方を向く田崎は心底驚き、心配しているように話しかけてくる。しらじらしい演技ではないのが、田崎の人格者たるゆえんであり、だからこそ、ハロウィンの夜を共に過ごす恋人がいたのだろう。 「今日は、足りなくなりそうな服を買おうと思って……。でも、子ども服ってどこに行けばいいかわからなくて」 「そうだったんですねー。じゃあ、このブランドだったらいいんじゃないですか? 質はいいしデザインもいいですよ」  田崎が指さしたのは、4階にあるメンズファッション店だった。名前は聞いたことあったし、通りすぎてしまう店であったが、子供向けのサイズ展開がされているとは知らなかった。 「よく知ってるな」 「ほら、パートの大井さんとかの相談をよく受けてて」  営業事務のパートの名前が出てくれば、恭隆も納得がいく。田崎も所属している営業部でも主婦のパートはそれなりに配属されていて、年頃の男の子をもつ親である人たちが、話しやすい田崎に相談をしている姿を、よく見たことがある。 「なんなら、見立てます? いや、社長のセンスがないとかそういうわけじゃないんですけど」 「いや、頼めるならそうしたい。俺だと自信ないからさ」  家に帰るにはまだ時間があるということで、恭隆は言葉に甘え手伝ってもらうことにした。二人でのんびり、とも考えたが、変な服装を着せるわけにもいかないし、下手に断るのも不躾だ。 (着替えの時とかは俺が付き添えばいいしな)  ユーヤにも大丈夫か尋ねれば、少し不安げにしていたが素直にうなずいていた。建物の中にいれば陽の光は気にならないだろう。 「それじゃあ行きましょうか。名前聞いてもいいですかね」 「ユーヤ、です」 「はーい、了解です。よろしくお願いしますね、ユーヤくん」  田崎を先頭に、ユーヤ、恭隆と続いて階段まで向かう。最初エスカレーターでもよくないか、と恭隆が言った時には「運動しましょうよ社長」とたしなめられてしまった。バスに乗った時、鍛えなければと思った矢先に楽をするな、というお告げでもあるのだろうか。  ユーヤも階段に向かう前にエスカレーターを見れば、少しホッとしたような表情を浮かべていた。 「鏡になってるところ、ありました」  エスカレーターには乗り出し防止のために保護板吊り下げられているが場所ある。人の姿を映すそれは、鏡に映らない吸血鬼であるユーヤには、天敵であった。 (いい仕事をしてるな田崎くん……!)  事情を知らないとはいえ、助け船を出してきている田崎に対し感謝の心しか浮かばなくなった。 「……今日の礼だ、今度食堂の昼飯おごるぞ」 「マジっすか?」  服を見るだけでそんな、と謙遜したが、それ以上のことをしているのだと言えたらどれだけよかったか。 「じゃあ、お言葉に甘えて」  楽しそうに階段を駆け上がる若さをうらやましがったが、同い年だということを思い出し恭隆は頭を抱えた。

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