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2-6 翌日、出会ってから一日も経ってないのに
階段を上り終えれば、買い物客でにぎわう声が聞こえてくる。目当ての店は他の店よりは客が少なかったが、恭隆にとってみれば好都合だった。いくら隠せているとはいえ、ユーヤの髪色は目立つ。
(そういえば、田崎くんはユーヤの外見を見て何も言わなかったな……。人のところの子だし、本人を前にしては、言わないか)
当の本人はユーヤの手を引き、さっそく服を見立て始めているようだ。
寒さが本格的になっていく季節柄、コートやマフラーなど、様々なアイテムが並んでいる。暖かなボアの帽子や手袋なども一緒に試着をしていく。ジャケットやズボンは恭隆が連れ添い、小物は三人で見ていく。
ユーヤの趣味も尋ねていくが、これと言ったものはないと言ったが、出来れば動きやすいものという要望があった。
「うーん。ハイネックにカーデスタイルも似合いますけど、Vネックもいいですね」
何を着ても似合う、と田崎は楽しそうにしているようだ。慣れていないのかユーヤは顔を真っ赤にしていたが、服を選んでいる姿は外見の年齢相応に見えてくる。
何着か試着した結果、ユーヤが気に入った色合いのものを購入することにした。予算より少しオーバーしたが、このくらいの出費なら問題ないだろう。
(そもそも交際費とかあまりなかったし、無趣味気味だったからなぁ……)
有り余る、とまではいかないが使いどころがなかったものが使われていく光景は心が晴れ晴れとしてくる。恭隆の服を着ていたため大きすぎた服から着替えている。せっかくだからと買ったものを着て帰ることにした。
「いやぁ、よく似合いますよ!」
田崎が言うように、灰色のニットの下は詰襟のシャツを着ていて、きっちりとした印象を与えている。
黒のデニムパンツは元々細い足によく合い、すらりと体の線を見せていた。
そして、ブラウンのチェスターコートはモノトーンの服からすれば少し派手に思えるが、落ち着いた色合いが大人らしさを演出していた。
「……似合いますか?」
田崎の褒めちぎりを聞いて、恭隆からも感想を聞きたいようだった。ユーヤは照れくさそうに恭隆の方を見てくる。
「うん、似合うよ」
少しコートが重そうだ、と思ったことを心の中に留め、ユーヤに微笑みかける。すると嬉しそうにまた笑いながら、田崎に礼を言いに行っていた。
それから小物を少し買い足し、時刻は18時を回った。どうせなら夕飯も一緒にと誘ったが、やんわりと田崎に断られた。
「まだ預けられてばっかで、緊張してるでしょうし。また今度誘ってください」
言われて初めて、恭隆自身もユーヤと出会ってからようやっと一日が経ったばかりだということに気づいた。
(いろいろあったからか、一週間くらいの時間が過ぎたかと思った……)
血を吸われた昨夜、手を出しかけた今朝のことを思い出せば、恭隆は頭を抱える。うんうんと唸りはじめてしまい、ユーヤと田崎は不思議そうに恭隆を見た後、なんでしょうねと二人で笑い合っていた。
改札口まで田崎を送り出し、夕飯の買い物をして、二人は帰りのバスに乗ることにした。
「……昨日、君と出会ったはずなのに、なんだか長い間ずっといたような感覚になったよ」
田崎に言われたことを思い出しながら、バスに揺られる。ユーヤも不思議そうにつぶやいた。
「僕もです。……でも、まだ知らないこともたくさんですね」
しゃちょうさんとか、とユーヤが笑えば、言いそびれていたことを思い出す。
「本当だよ。あまり言うことでもないかと思ったけれど、それは言うべきだったよ」
「今度、働いている場所教えてくださいね」
「分かった。そうだ、行きに聞きそびれた『修行』のことも、ちゃんと教えてもらいたいな」
「ふふ、はい。また、交換条件ですね」
買い足しでプレゼントされたマフラーで口元を隠しながらユーヤは笑った。ちらりと見える牙が、他の乗客に見られていないか焦ると同時に、身体が疼くような、不思議な感覚がした。
(昨日の感触がまだ残っているのか……? これは、前途多難だな)
*****
初めての買い物、初めてのお出かけ。ユーヤはバスに揺られながら物思いに更けていた。今日様々な人とすれ違ったが、なぜだろうか、恭隆の隣はとても安心した。
(血を吸ったから? それとも……)
今朝の情事に似た行為を思い出し、顔を赤らめる。口元までマフラーで隠しているため、恭隆には表情をうかがい知ることは出来ないだろう。
拘束され、秘部に触れられたいなど、会って一日と経たない人間の前で思えるものなのだろうかと、自問自答する。異常ともとられかねないこの感覚は、恭隆が相手だから沸き上がるものなのかもしれない。
(血も、おいしかったし……なんだろう、暖かい)
交換条件に性欲を持ってきた時は、ユーヤも警戒した。吸血鬼の方が優位に立つことが多いと教えてもらったこともあるが、歴史上人間に虐げられていたという記録も残っているという。
けれど、恭隆の一つ一つの言動や行動に、優しさと言えるのだろうか、どこか陰りを感じた。どことなく諦めを漂わせていた。求める行為は彼を優位に立たせるものであるはずなのに。
隣ではいまだにうんうんと唸る恭隆がいる。バスはとても静かで、真剣に悩んでいる様子の恭隆が一人、時折声を漏らしていた。
(不思議な人)
人間がすべて恭隆のような性格ではないことくらいは、ユーヤもわかる。だからこそ、自身が倒れていた場所が、恭隆の家でよかったと思った。
(不思議と言えば、今日会った、タサキさんも)
たまたま出会った恭隆の部下も、不思議な人であった。ユーヤにも敬語を使い、エスカレーターやマフラーも、機転を利かせ動いた結果的に、ユーヤが吸血鬼だとバレないような動きをしていたのだ。
(また、お話したいな……)
段々と、瞼が下りてくる。夜の方が活動的にはなるが、今日は朝から起きておりよく動いた。たまには、夜にゆっくりと眠るのもいいだろう。
バスのアナウンスで、最寄りの停車場が次と知り、二人は慌ててボタンを押した。その手が重なり、二人して考え事をしていたことに、小さく笑い合った。
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