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3-2 三連休最後、開いていた鍵

 元木と別れ、自宅へ帰る道すがらユーヤの足取りが重くなっていることに気づいた。  日差しは雲に隠れ、人通りも少ない。特に気にかかることは無いと思うのだが、と恭隆はユーヤの方に向きなおす。 「おなか、すいちゃいました」  少し照れながらも恭隆に視線を向ける。  先日の駅ビルへの外出でユーヤは疲れたようで昨日一日ずっと眠っていた。食事をとっていないのだから当然だ。しかし、ユーヤの熱い視線は、恭隆の身体――肩へ向けられている。恭隆は、生唾を飲み込んだ。 「朝食、じゃないな」  ユーヤは恥じらいながら、こくりと頷いた。 (つまり、二度目のプレイチャンス……)  吸血されることは二の次で、恭隆は食事の後に行われるだろう交換条件の片割れに胸を躍らせている。 (この前は、触られることに期待していた。ということは、今回はそこまでいってもいいのだろうか。もちろん許可は取るが……ダメだ、顔がにやける……!)  早歩きになる恭隆に追い付こうとユーヤも走る。その足音に気づいて、誤りつつ足を止めた。ただでさえ空腹だと言っているのに、ひどいことをしたと、高揚した気分は一気に地へ落ちた。 「やっぱり、僕の食事は苦痛ですか?」 「え?」 「だって、いきなり早歩きになったから……怒らせたのかと思って」 「そんなことはない! ただ、ほら、君の食事の後だと、その……交換条件が」  断言したわりに、歯切れの悪い答えに言いたいことが見いだせなかった恭隆に対し、目を丸くし首を傾げるユーヤ。その仕草さえ、愛らしく思い始める。  ユーヤも考えて気づいたのか、一瞬にして顔を赤くした。 「そっ、そういうことですか!? でもどうして早足になるんですか?」 「嬉しくて……」 「…………」  しばらくユーヤの口がぱくぱくと動き、声にならない叫びを漏らしながらも、抗議の言葉は出てこなかった。さすがに恭隆は気まずくなり、口をつぐんだ。  沈黙が続きながらも、自宅にたどり着いた。どこかで調子をとり戻さないと、恭隆は鍵を取り出し鍵穴に入れる。 「……あれ?」 「どうかしたんですか?」 「鍵が……開いてる……?」  出かける前、しっかりと鍵を閉めてきたはずのだが、鍵が開いているのだ。ユーヤも鍵を閉めたところを、見たと証言する。 (この家の鍵を持っているのは……両親と兄さんたち。だがあの忙しい人達が、事前に連絡もなく来るとは思えない) 「……僕、見に行きますか?」 「え?」 「体力的にギリギリですけど、霧化できるので」  吸血鬼の能力の一つとして、霧になれるのは知っていた。昨日ユーヤが眠っている間、インターネットで調べてみたのだ。創作上の話題ではあったが、本当だったのだと、どこか胸が躍る。 「……この件が片付いたら、死なない程度に吸ってくれ」 「一回の食事で死ぬことは無いです。……それでは、行ってみます」 「気をつけてくれ」  泥棒や犯罪者であれば、いつでも通報できる。辺りに人がいないことを確認して、ユーヤはゆっくりと目を閉じる。深呼吸を繰り返していけば、ユーヤの身体が霧に包まれ段々と見にくくなっていく。忘れかけていた少年心がうずく。  だが、それと同時に心配にもなる。今彼は空腹で、霧化にも体力を使うようなことを言っていた。途中で実体化し、侵入者に見つかった時彼はどうするのだろうか。声を上げてくれれば突入できる体制を整える。  *****  霧になっているユーヤを視認できるものはいない。隙間から入り込み、中を見渡していく。物音がしないこともあり家の中は静かだ。時折、台所の方から物音がする。 (……お腹空いているのかな)  自身がそうであるからか、思考が食欲に向いてしまう。台所で準備をすることは、今までの経験で知っている。台所に意識を集中させれば会話が聞こえてきた。 「……食器の動きが、二人分あるな」  男の声が聞こえる。鋭く低い、男性の声色。続いて聞こえた声も男性だ。 「そうだね。もしかしたら、誰かを家に誘ったのかも」  二人目の声は口調が柔らかく穏やかだ。ユーヤがするりと台所まで移動をすれば、その姿が見えてくる。  恭隆の体つきもしっかりしたものだが、並んでいる男の一人も同等の筋肉質な体つきだ。バランスも良く、実に健康的だ。  もう一人の男は恭隆に比べると細身だが、足が長いのが印象的だ。髪色は二人とも茶色混じりの黒髪で、恭隆の髪色よりも黒が多めだった。  彼らの会話を聞けば、恭隆が一人で住んでいることを理解しているようだ。 「それにしても、家主の留守中に入るとは。やはり良心は痛むな」 「逮捕はされない、って言ったのは正明だよ。……もちろん、正しいことではないとは思うけれど、驚かせたいって思って決めたことだし」 「む……。それはそうだな。しかしあいつはいつ帰ってくるんだ」  *****  ユーヤが戻ってきたのは、入ってから3分程度たった頃合いだった。無事に戻ってきたことに安心し、実体化した彼をねぎらおうと彼の表情を見る。多少の疲れを覗かせるが、その表情は眉間にしわを寄せ、口を一文字に結んでいる。 「どうした?」 「……知り合いかもしれません」 「知り合い? 俺の?」  まさか、恭隆の脳裏に、あり得ないだろうと思っていた名前たちが浮かぶ。

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