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3-4 三連休最後、二度目の吸血

 兄二人がリビングでくつろぐ姿を見れば、台所の扉を閉め、恭隆は二人に背を向ける。朝食の準備をする振りをしながら、ユーヤに話しかける。 「ユーヤ、耳、耳」  先程頷いたユーヤを見たときに、耳が分かりやすくとがっているのが見えていた。先日の食事の時ははっきりと見えなかったのに。  小さな声ながらも声に焦りが見える。ユーヤは自分の耳を触り、本当だ、とつぶやく。 「空腹で、おいしいごはんがあると思うと、抑えられないのかもしれません」 「そんなに、なのか?」  自分の血の味を、もちろん恭隆は知らない。だがユーヤの目を見れば、まさにご馳走を見る子供の様にきらきらと輝いて見えるし、なんなら涎も垂れているように見えてくる。 「わかった……そろそろ、限界だろ?」  腹を抑え、図星をつかれたユーヤは羞恥で顔を赤くする。耳まで真っ赤になっているところを見ると、なんとか誤魔化そうとしていたようだ。 「兄さんたちなら、素直に待っていてくれるはずだ。……もちろん、朝食の準備はするけれど」  食器棚から四人分の皿を取り出し、材料を並べていく。昨日の残りの味噌汁と、近所の人からもらった漬物を準備しはじめ、あとはアジの開きを冷凍庫から取り出した。  いくら覗きには来ないとはいえ、飲み物を取りに来たとかで恭隆を訪ねてくることもあるだろう。早急に事を済ませ、朝食の準備に取り掛からねば。  ユーヤの前でしゃがみ、ワイシャツのボタンを外していく。ユーヤが向けてくる熱い視線を痛いほど感じながら、左肩をさらした。 「どうぞ、めしあがれ……?」 *****  恭隆のたくましい肩を見て、ユーヤの喉が鳴る。そっと鎖骨に手を置き、左手は恭隆の右肩に置いた。  密着しているため、恭隆が緊張しているのが肌越しに伝わってくる。肩がこわばっているのだ。 (おにいさんたちに見つかるといけない、って思っているんだろうな)  ユーヤにも兄弟はいるが、もちろん皆吸血鬼で、隠すことは何もなかった。今は皆修行に出ていてしばらく連絡を取り合っていないが、祖父たちの話によると元気にしているという。 (早く言いたいな。美味しい人を見つけられたって) 「……いただきます」  先日の食事で場所は分かっている。それに、じっくりと見定める時間も惜しい。  小さく言い終えたら、肉を頬張るように、はしたなく思われるほど大きく口を開け、けれど優しく、鋭い牙を刺す。  じわりとにじみ出てくる血をうっとりと眺めてしまっていた。急いでいたことを思い出し、慌てるように、音を立て吸い上げる。 「っ……」 音に反応したのか、恭隆の口から息が漏れた。 (痛かったかな……それとも、恥ずかしいのかな)  気を使いながらも、次々に漏れ出てくる「ご飯」を取りこぼさないよう舌で舐めあげる。  ユーヤは美味しさに潤む瞳を一度閉じた。息を整え、唇を肌に添え吸い上げる。水音は静かな台所に響き、ちらりと恭隆を見れば、気恥ずかしそうにこちらを見つめ返してくる。  視線を刺した左肩に戻し、さらに深く、もっと多くと肩に回していたユーヤの手は背中の方まで捉え、ユーヤの肩が恭隆の胸に触れた。  血管から深く吸い上げようと顔をさらに近づけ、口を広げる。喉奥に流れ込む恭隆の血にむせようとも、ユーヤは飲み続けた。 「んぅっ……んっ……」  存分に飲み終え、ユーヤは顔を上げる。牙でつけた跡を舌で丁寧に舐めあげ、ポケットからガーゼを取り出し、そっと傷口を押さえた。空いた手で血にまみれた口を拭い、改めて恭隆を見上げる。 「ご馳走さまでした」 「……こちらこそ、ごちそうさま、でした」 「ヤスタカさんは何も食べていませんよ?」  目を丸くし、ユーヤは首を傾げながらも血を押さえ終わったガーゼをゴミ箱に捨てた。 (舐めるときの潤んだ目、吸い上げる水音、最後の血を舐めた仕草に興奮したとは、絶対言えない)  思わず心の声が漏れた自分を恨みつつ、身支度を整え朝食準備に取り掛かる。ユーヤもすこし名残惜しそうにしていたが、みそ汁の温め具合を見てくれるようだ。  日常に支障がない程度とはいえ血を吸われ、健康体の恭隆も万全とは言えなかった。反対に満腹になったのだろう、ユーヤの肌つやもよく、空腹時と比べれば生き生きしている。 (俺の血でそんなに元気になるなら、人間相手でも元気になるのだろうか)  今度献血をしてみようか、と考えれば貧血対策を取った方がいいかもしれない。漬物を切りながら、恭隆はそんなことを思った。  

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