17 / 75
3-4 三連休最後、二度目の吸血
兄二人がリビングでくつろぐ姿を見れば、台所の扉を閉め、恭隆は二人に背を向ける。朝食の準備をする振りをしながら、ユーヤに話しかける。
「ユーヤ、耳、耳」
先程頷いたユーヤを見たときに、耳が分かりやすくとがっているのが見えていた。先日の食事の時ははっきりと見えなかったのに。
小さな声ながらも声に焦りが見える。ユーヤは自分の耳を触り、本当だ、とつぶやく。
「空腹で、おいしいごはんがあると思うと、抑えられないのかもしれません」
「そんなに、なのか?」
自分の血の味を、もちろん恭隆は知らない。だがユーヤの目を見れば、まさにご馳走を見る子供の様にきらきらと輝いて見えるし、なんなら涎も垂れているように見えてくる。
「わかった……そろそろ、限界だろ?」
腹を抑え、図星をつかれたユーヤは羞恥で顔を赤くする。耳まで真っ赤になっているところを見ると、なんとか誤魔化そうとしていたようだ。
「兄さんたちなら、素直に待っていてくれるはずだ。……もちろん、朝食の準備はするけれど」
食器棚から四人分の皿を取り出し、材料を並べていく。昨日の残りの味噌汁と、近所の人からもらった漬物を準備しはじめ、あとはアジの開きを冷凍庫から取り出した。
いくら覗きには来ないとはいえ、飲み物を取りに来たとかで恭隆を訪ねてくることもあるだろう。早急に事を済ませ、朝食の準備に取り掛からねば。
ユーヤの前でしゃがみ、ワイシャツのボタンを外していく。ユーヤが向けてくる熱い視線を痛いほど感じながら、左肩をさらした。
「どうぞ、めしあがれ……?」
*****
恭隆のたくましい肩を見て、ユーヤの喉が鳴る。そっと鎖骨に手を置き、左手は恭隆の右肩に置いた。
密着しているため、恭隆が緊張しているのが肌越しに伝わってくる。肩がこわばっているのだ。
(おにいさんたちに見つかるといけない、って思っているんだろうな)
ユーヤにも兄弟はいるが、もちろん皆吸血鬼で、隠すことは何もなかった。今は皆修行に出ていてしばらく連絡を取り合っていないが、祖父たちの話によると元気にしているという。
(早く言いたいな。美味しい人を見つけられたって)
「……いただきます」
先日の食事で場所は分かっている。それに、じっくりと見定める時間も惜しい。
小さく言い終えたら、肉を頬張るように、はしたなく思われるほど大きく口を開け、けれど優しく、鋭い牙を刺す。
じわりとにじみ出てくる血をうっとりと眺めてしまっていた。急いでいたことを思い出し、慌てるように、音を立て吸い上げる。
「っ……」
音に反応したのか、恭隆の口から息が漏れた。
(痛かったかな……それとも、恥ずかしいのかな)
気を使いながらも、次々に漏れ出てくる「ご飯」を取りこぼさないよう舌で舐めあげる。
ユーヤは美味しさに潤む瞳を一度閉じた。息を整え、唇を肌に添え吸い上げる。水音は静かな台所に響き、ちらりと恭隆を見れば、気恥ずかしそうにこちらを見つめ返してくる。
視線を刺した左肩に戻し、さらに深く、もっと多くと肩に回していたユーヤの手は背中の方まで捉え、ユーヤの肩が恭隆の胸に触れた。
血管から深く吸い上げようと顔をさらに近づけ、口を広げる。喉奥に流れ込む恭隆の血にむせようとも、ユーヤは飲み続けた。
「んぅっ……んっ……」
存分に飲み終え、ユーヤは顔を上げる。牙でつけた跡を舌で丁寧に舐めあげ、ポケットからガーゼを取り出し、そっと傷口を押さえた。空いた手で血にまみれた口を拭い、改めて恭隆を見上げる。
「ご馳走さまでした」
「……こちらこそ、ごちそうさま、でした」
「ヤスタカさんは何も食べていませんよ?」
目を丸くし、ユーヤは首を傾げながらも血を押さえ終わったガーゼをゴミ箱に捨てた。
(舐めるときの潤んだ目、吸い上げる水音、最後の血を舐めた仕草に興奮したとは、絶対言えない)
思わず心の声が漏れた自分を恨みつつ、身支度を整え朝食準備に取り掛かる。ユーヤもすこし名残惜しそうにしていたが、みそ汁の温め具合を見てくれるようだ。
日常に支障がない程度とはいえ血を吸われ、健康体の恭隆も万全とは言えなかった。反対に満腹になったのだろう、ユーヤの肌つやもよく、空腹時と比べれば生き生きしている。
(俺の血でそんなに元気になるなら、人間相手でも元気になるのだろうか)
今度献血をしてみようか、と考えれば貧血対策を取った方がいいかもしれない。漬物を切りながら、恭隆はそんなことを思った。
ともだちにシェアしよう!