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3-5 三連休最後、かぞくとけんぞく

 つつがなく朝ごはんを作り終え、兄二人の胃袋を満たすことができたようで恭隆は満足していた。 「ごちそうさまでした」 「はい、どうも……。全く、ガッツリ食われるとは」 「お腹空いていたんだから仕方ないだろう、ねぇユーヤくん」  ユーヤも食事が取れてご満悦のようだった、克彦に話を振られれば素直にこくりと頷いた。   食事中に名前や好きなものなどを聞かれるなどしながら、何とか難を逃れた形とはなったが、兄たちはユーヤのことを違和感なく受け入れてくれていた。 「寝ることと食べることが好きなのは、実に健康的だ」  次兄、正明が笑みを浮かべながら頷くのを見つつ、恭隆は (食事は吸血だがな)と心の中で苦笑いを浮かべた。  食事をとり終え、食器を片付けようと台所へ向かうが、正明は恭隆を呼び、ソファーに座れと言ってきた。皿を洗うのはあとでいい、と神妙な面持ちを浮かべる正明に首を傾げる。  わざわざ拒否する理由もなく、皿を水に浸けてから、リビングへ向かい、置いてあるラウンジチェアに座った。 「今度の年末は、実家に顔を出すのか」正明が尋ねる。  思わぬ話題が飛び出し、恭隆は兄から視線を逸らす。こちらに越してからはまだ実家へは行っていなかった。社長職に就任したのも同時期で、なかなか帰る余裕がなかったと言えばそれまでだが、恭隆には顔を合わせづらい理由もあった。 「……結婚のことかい」  克彦に言われれば、俯き口を閉ざした。代わりに正明が話し始める。 「俺とて同じだ。父さんたちはいいが親類がうるさい」 「今は独り身も多い時代、それに結婚だけがすべてではないのだけれど、なかなか、難しいものだね」  三兄弟の中で唯一既婚者であり子供がいる克彦でさえ、親類たちからやれ世継ぎの成長どうだのどこぞの会社との子どもとはどうだのと口うるさく言われていた。克彦も親類が集まる席へ出向くには足が重くなるという。 「三が日過ぎたあとの三連休だったら、叔父さんたちも帰るし、その時においでよ。まさは難しそう?」 「情勢によるな。流石に俺の部署では成人式の警備には回されんだろうが、今の難題が解決した後はゆっくり休みたい。そういった意味では、実家に身を置くのも手だな」 「ユーヤくんのことも、軽く父さんたちに話しておくよ。やす、話す機会少ないだろ? 大きい子とはいえまだ未成年だから、父さんたちの話も参考になると思うし」 「……ああ、そうだな」  ようやっと恭隆が口を開くも、その声はあまり芳しいものではなかった。目線も下がり、曖昧に濁す。 「仲、悪いのですか?」  仲介するように、ユーヤが口を開いた。恭隆の方を向き心配そうに見つめている。はっとして、ユーヤに弁明をする。 「いや、そういうわけじゃないんだ。父さんたちとは仲がいいし、ユーヤのことを話すことも、前向きに考えたい。……ただ結婚の話を出されると耳が痛いんだ」 「叔父らの方は言わせておけ。大人になれば結婚ができる、なんて夢物語を信じている方が時代遅れだ」 「……見合いの話も出ていると聞いたが」 「知らん」  正明はそっぽを向き、眉間のしわを深くする。恭隆を待っていた時の様子や、今までのことからも、兄弟の仲は悪くなさそうだった。胸をなでおろし、ユーヤはふと、自分の家族を思い出す。 (修行は、人間に生かされている僕らが、人間のことを知るためのものだって、お爺様が言ってた。……僕はきっと、いい人達に出会えたんだな。そして、修行を終えている兄弟や、お父様たちも)  いつもは冷える胸元が、熱を帯びていることに気づき、手を当てる。 (……会いたいなぁ)  その後は克彦の子どもの話や、職場内の面白い話をして、昼前に突然の訪問者は帰っていった。 「たまには連絡ちょうだいね、ヤス」 「夜道には気をつけるんだぞ。物騒だからな」 「ああ、気をつけるよ。兄さんたちも、身体に気をつけて」  曇り空が晴れぬままの空の下、手を振り歩き始めた兄を見送り、ゆっくりと戸を閉める。隣にいたユーヤは穏やかな表情を浮かべているように見える。 「騒がしくなってごめんな」 「いいえ、僕の家族も多いので、賑やかな方が慣れています」  家族というと全員吸血鬼なのだろうか、などいろいろ思うところはあったが、食器の片づけを終わらせようと腕をまくった。 「そうだ、この前聞きそびれた『修行』の話、聞いてもいいか?」  作業しながらにはなるから椅子を持ってきた方がいいけれど、ユーヤの承諾を得てから、リビングにあるラウンジチェアを持ってくる。 「僕も、話そうと思ったので」  水道の音に、皿はぶつかり高く音を出す。なるべく雑音にならないように、静かに洗っていく。  最初に口を開いたのは恭隆だ。 「確か、やることは分かっているんだったよな」 「はい。眷属(けんぞく)をつくる、です」  眷属、という言葉に聞きなじみはなかった。昨日調べた中にはなかったし、日ごろ生活している中ではあまり聞かなかった。 「その、けんぞくってなんだ?」 「長く自分の血を吸い続けた吸血鬼本人の血を飲んだ者のことを言います。眷属になってくれる人間を探しながら、人間社会を知ることが『修行』の目的。そして、長く同じ人間の血を吸います。互いのことを長い時間をかけ理解し、吸血鬼が生き長らえる時を共にする者が、眷属となります」 「……不老不死に、なるのか」 「いえ、少なくとも不死にはなりません。吸血鬼も死ぬ世の中ですので、眷属も死にます。……人間の言い方ですと、伴侶、でしょうか」 「つまりパートナー……ここでも結婚か」  やはり世知辛い世だと恭隆はうなだれる。その話題につなげるつもりがなかったユーヤにフォローを入れつつも、重くなる気分に変わりはない。 「……眷属に、性別は問いません。人間の結婚とは、少し違います。僕の両親は吸血鬼同士であって、眷属はまた別にいます」 「なるほど、血を分け合う義兄弟のようなものか」 「もちろん、眷属が恋愛対象になることも、あります」  ユーヤの『修行』は始まったばかりであることから、先を見越して眷属となるという人間を見つけることが最優先だろう。  伴侶にも等しい人間を見つけるとなれば、確かに20年30年と長い期間とかかる可能性はある。人間の恋人といっても、初めて付き合った人と結婚まで出来るかといえば、そうではないのだから。

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