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3-6 三連休最後、いじわる多めに(☆)

  皿を洗い終わり、一息ついてから皿を拭いていく。四人分の皿洗いはなかなかに重労働だ。ユーヤは少しだけ間をおいてから、『修行』の続きを話し始めた。 「今、僕の中で一番眷属に近いのは、ヤスタカさんなんですよ」 「俺が?」 「はい、修行が始まって、初めて血を吸った人なので」 「……修行に出て、本当に間もないのか?」 「一カ月は経っています。その間は、お父様が持たせてくれた眷属の血液でやり過ごしていました」 「それが尽きて、ハロウィンに落ちてきていたと」  図星だったのだろう、ユーヤは何も言わなくなった。運搬できる血液があることに驚いたが、それ以上に胸に去来するものがあった。 (意味合いが違うが、俺は彼のはじめてを奪ってしまったことになるのか?) 「はじめてになる人間が俺で、その、どう、なんだ?」 「えっ……僕は、その」  面と向かって本人に言うのも気恥ずかしさを感じるユーヤは、視線を下げつつも恭隆に答える。 「僕は、よかったと思っています」  味もさることながら、何よりも待遇と、接し方の優しさが、ユーヤの中で評価が高いのだろう。人間に対する吸血鬼の評判がどうなっているのか、恭隆は今度聞いてみてもいいかもしれない、と思った。 「……ですので、ヤスタカさん」  ユーヤは恭隆の方を向きなおり、どことなくぎこちないが、柔らかく笑む。 「朝のお礼、させてください。交換条件、忘れていませんよ」 いともたやすく、恭隆の理性をかなぐり捨てようとしてくる。吸血鬼ではなく、実は他の種族なのではないかと、恭隆は息をのんだ。 彼の中で、吸血と言う食事と、交換条件の結果得られる性欲が占める割合が、どうなっているのかも、恭隆には気になるところだ。人間の三大欲求と同じように、どれも同じくらいなのかもしれない。 「……わかった、準備をしよう」  リビングに陽の光が差し込むことがない、曇り空の昼前。  まだ夕暮れにすらなっていない時間からの行為に、恭隆は高揚感が高まる。自身の持つリードの先につけられている赤い首輪は、三度目ともありユーヤにとても馴染んでいるように映る。  高さのあるラウンジチェアにユーヤを座わらせ、後ろ手に手枷をはめる。内側がボア仕様になっているため、柔らかく手首への負担が少ないものだ。  シャツのボタンは開いており、拘束され胸元が露になっているにもかかわらず、ユーヤはどこか落ち着いた面持ちで、笑みすら浮かべている。 (この前、期待外れにさせてしまっていたからな。彼の中に「そんな刺激的なことはしてこないだろう」という、余裕が生まれているのだろう。……ここで一つ、プレイにおいての優位性を見せなければ)  繋いでいるリードをたどりながら、ユーヤの顔もとに近づく。 「キス、ですか? どうぞ」  顔に近くなっているからか、ユーヤのまばたきが多いことに気が付く。先ほどまでは余裕そうだったのに、緊張しているのだろうかと思考を巡らせる。 「ゆっくり目を閉じて」  目線を泳がせた後、ユーヤは言われたように目を閉じる。気分を落ち着かせるためか、呼吸が深くなっていく。  恭隆はまず、頬に唇を触れる。びくりとユーヤの体が震える感覚が伝わってきたことに気を良くする。カーペットに膝立ちしていた態勢のまま、ユーヤの薄い唇に触れる。  わざと短い時間で触れさせることで、回数を多くすると同時に、ユーヤは少し困惑気味に声を漏らす。 「ヤスタカさん、あの……」  軽いキスだけを落としていた唇は、首元へ移る。ここまでは前回で経験済みのはずだ。 「目は閉じたままで。大丈夫?」 「はい……」  首筋から鎖骨に移り、恭隆の視線にはユーヤの胸元が映り始める。触れるだけのキスを繰り返し、徐々に下へ下がっていく。下唇が小さな蕾に触れたのが分かったのだろう、ユーヤのか細く色のある声が聞こえる。 「……くすぐったかった?」 「っ……いじわる、です」 「ここを触られたことは?」 恭隆は意地悪気に口角を上げ、ぴんと跳ねさせるように蕾を舌で触れる。刺激を覚えているのか、ユーヤの身体は小さく震えた。 「あっ……。ない、ですっ」 「それじゃあ、一段と感じやすいんだ」  男性であれば開発をしないと感じにくいという、その蕾をひくつかせ身をよじらせる。真っ赤になっている頬に生理的な涙で潤む瞳を隠す術は、拘束されているユーヤにはなかった。肩をすくめ、顔を俯かせるくらいしか、今のユーヤに出来ることはない。  指で触りたくなる欲求を抑え、恭隆は舌での愛撫を続けていく。何度か舐めていけばぷくりと膨れ上がらせ、恭隆は吸い付いた。 「んぅっ、んっ……」 「声、抑えなくていいんだよ、ユーヤ」 「だって、こえ、うわずって……」  可愛らしい言葉に、恭隆の舌は一度離れ、周りにキスを落としていく。直接的な刺激は与えられないもどかしさから、ユーヤは身をよじらせ、結果的に胸を張るような態勢になっていく。 (後ろ手に拘束されることで元々胸を強調するようになるが、この状況でそれをやられると、煽っているようにしか見えないぞ)  恭隆の本意としては、ただ拘束させてくれればよかったはずだったのだが、交換条件を満たそうとしているだけのユーヤが、まるで誘っているようにしか思えなくなっていく。 (触れられると思ったのもそうだ。……人間で言えば、そういったことに興味を持ちたがる思春期の頃合いなのだろうか)  自身とてこういった拘束プレイに興味を持ったのは学生の頃だった。それを思えば、ユーヤの反応も不自然とはいいがたい。周りに教えている者がいたこともあり、耳年増だと言われていたのも拍車をかけているのだろう。 「ヤスタカさん……?」 「ん?」  胸元へのキスは変わらず行っているが、ユーヤは不思議そうに恭隆の名を呼ぶ。物欲し気な表情を浮かべながら。 「これがほしい?」  先ほどとは反対側の蕾に吸い付けば、次の言葉を紡ごうとしたユーヤの嬌声が聞こえる。 「ああっ、いじ、わるっ……」 「ほしいなら言っていいんだよ」 「だ、って……」  恭隆は蕾を舌で転がしはじめ、胸元と同じように吸い付くようなキスを落とす。立ち膝の姿勢では少しきつくなってきた恭隆は、空いている手でユーヤの足を少し広げ、わずかでも懐へもぐりこむ。 「あぅっ……あし、はず、かしっ……」 「嫌な時は、ちゃんと決めた言葉があるはずだ。それを言わないと、やめないよ」  さすがに下半身への愛撫は先の話として、今は目の前にある蕾を開かせることに専念することにした。恭隆が触れ、吸いつくたびに響く水音は、ユーヤの思考をとろけさせ、小刻みに震えさせる。普段は冷えたユーヤの身体に、熱を帯びさせていく。 「ヤスっ、タカさ……っ、あっ、そろ、そろ……」 「ん?」 「ぼく、つかれ……」  もともと快楽を感じる場所ではない場所への刺激で達するのは開発が必要であるだろう。思わずユーヤの身体を視線でたどるが、最たる場所の熱はまだ膨らみを確認できなかった。 「……わかった。『嫌な行為』じゃないから、あの言葉は言えないんだね」  ユーヤは息を整えながら小さく頷いた。嫌悪を覚える行為ではない、と自覚させ恥ずかしがっている様子を見るのも一興だ。  恭隆はユーヤから離れ、濡れた胸元をタオルで優しく拭いていく。その時蕾に強い刺激を与えないよう細心の注意を払うも、それさえもユーヤにとっては快感を覚えさせるものだったようで身体が小さく震える。 「んんっ……あ、おわ、り……?」 「ああ。付き合ってくれてありがとう、ユーヤ」 「……はい」  拘束具を外し終わり、改めてユーヤの顔を見れば、息を整えるため小さく開かれた口と、紅潮しすこし汗ばむ肌が艶めき、熱を帯びる瞳がこちらを見ていた。普段のコロコロ変わる少年の笑みとは正反対の、大人の表情を浮かべていた。  胸の奥が小さく痛みを覚える。ユーヤの頭を撫で、汗を流しておいでと、シャワーへ向かわせた。ゆっくりと歩き脱衣所へ向かうユーヤを、恭隆は複雑な思いを抱えながら、じっと見つめた。 *****  シャワーの温度を確認しながら、ユーヤは風呂用のイスに座っていた。立っているのは少し疲れる。温度がいい頃合いになれば、足元から肩までゆっくりとお湯をかけていく。先程までの、内側からこみあげてきた熱と一緒に汗が流れていくように思えた。  シャワーヘッドを持っている左手はそのままに、右手は胸元へ置かれている。 (……なくならない) 恭隆が触れた感触と彼の体温は流れていないと、ユーヤは頬笑む。 (……会って、まだ少しなのに。一つ一つが、優しい人)  時折意地悪なこともあるが、恭隆の行動や言動……何より吸血鬼である自分を受け入れてくれていることが、ユーヤにとって嬉しいことであった。 (人間は、僕らを怖がるって聞かされていたけど……そんなこと、なかったのかな)  もちろん、恭隆以外の人間がどうかは分からないが、初めて出会った人間が恭隆でよかったと、ユーヤは強く思った。

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