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4-1 仕事再開、朝の巻
11月4日、火曜日。三連休も終わり、慌ただしい朝を迎える家が多い。恭隆も同様に、出勤のために様々な準備に追われている。
まず、ユーヤを起こすことから始めた。昨日の「交換条件」で行ったプレイの後、家事のやり方や留守番の時の注意点をあらかた説明している。特に火の取り扱いや施錠の大切さなどを中心にまとめ、復習を兼ね、改めて朝に説明をする。
「昼間眠っていることは問題ないが、そうなると必ず戸締りを確認してからにしてくれ」
「はい」
ユーヤも素直に頷き、メモを取る。これは昨日恭隆に言われたことに起因する。覚えていると思っていることほど忘れやすい、メモを無くしてもいいからまず書いて手で覚えろ、と指導する姿はまるで新入社員に教える指導役だと恭隆は笑っていた。
「出かける前には窓とかの鍵とガスの元栓を確認して、この玄関の鍵を閉める」
手元には、両親から家を譲り受けた際にもらった合鍵の一つが握られている。受け取った時からついていたのだろうキーホルダーの鈴の音が、ちりんと鳴った。
「いつも留守電にはしてあるし、うん、施錠と火の元を気をつけてくれれば……」
「分かりました」
鍵を受け取り、ユーヤは頷いた。大家族だったため一人での留守番は初めてで、少し心が浮足立っている。顔がにやけていないかとユーヤは頬をつねる。
「……どうした?」
「なっ、なんでもないですよ?」
目を丸くして尋ねてきた恭隆に、手を振りながら慌てて答える。鍵についている鈴がせわしなくなり続ける。何もやましいことは考えていないのだから、素直に言ってもよかったのだが、どうにもユーヤは言えなかった。
(だって、子どもっぽいって思われるし……)
外見上は幼く見えるが、実際は恭隆よりも年上で、百年は生きている。その自負はあるつもりだが、スーツを着て朝の支度を進めはじめた恭隆を見ていれば、外見上の大人びた雰囲気を感じ自分がまだ幼いと感じてしまう。
(まぁ、中身も大人だけど)
「交換条件」に当たる、恭隆の「趣味」の最中に感じる大人らしさの色気は、自分にはないとユーヤは心なしか不満気であった。確かに、恭隆の「趣味」を考えると彼が優位に立っていることは間違いではない。むしろ手綱を握っているのは恭隆の方であるから当然だろう。
「交換条件」の際に、恭隆の「趣味」での上下関係は日常に反映させないと言い、支配や管理、果ては飼育といった絶対的権限のもと行われる日常ではなかったことは、この三日間でわかった。それは満足しているのだ。
(でも……私生活で子どもっぽいと思われるのは癪だな……)
朝ごはんの準備を始めている恭隆の背を見ながら、ユーヤは気を紛らわせるようにテーブルに置かれている新聞を手にとった。しかし、ユーヤはまだ人間の世界での文字をあまり理解できていない。修行はそのためでもあるのだが、ひらがながやっとだった。
「む……」
英語であればまた違うのだが、日本語は難しいとはよく聞いていた。さして変わらないのではとタカをくくっていたら、早くも壁になってくるとは思っていなかった。
(これじゃあ石碑も読めなかったな)
「ユーヤ、経済新聞おもしろいか?」
「けいざいって読むんですか?」
そこからか、恭隆は思ったことがすぐ口に出てしまいがちのようで、失言だったと口元を押さえる。ユーヤは特段気にすることなく、勉強になったと頷いていた。
「けいざい、は知ってます。お金の話ですね」
「ざっくり言うと、まぁ……。隣に置いてある日海新聞は総合的に書いてあるから、そっちの方がおすすめかな」
「……ひらがなの新聞はありますか?」
「子ども新聞は、すまない。……ああ、でも古紙回収の袋の中になら、多分ある。週一で折り込まれているはず」
テレビ台の横に置いてあると恭隆に言われ覗いてみる。何枚かチラシを除けると、漢字にふりがなが振ってある新聞が出てきた。テーブルに置いてあった新聞よりも絵や写真が多く使われており、確かにわかりやすい。
(また子ども……でも、人間としては、確かに子どもなのかもしれない)
だからこそ修行なのだと、ユーヤは考え方を改め子ども新聞を読み始める。
(そこはテレビじゃないんだな……)
恭隆が大人だなぁと、ユーヤとは正反対のことを考えていたことをユーヤは知らない。
恭隆が椅子に座り、ユーヤに一言テレビをつけていいか尋ねてくる。新聞を読むときは集中したいだろうと思ったとのことだったが、ユーヤはきょとんと目を丸くした。
「ヤスタカさんが見たいと思ったものを見たらいいと思いますけれど」
「そ、そうか……」
拍子抜けしたような声を出しながら、恭隆はテレビをつける。朝は大体ニュース番組が流れ、時間差はあれど同じ事件を取り上げたりトレンドといってスイーツやお出かけスポットを流したりしていた。
「……同じものを見ているんでしょうか、みんな」
「多分地方局は違うと思うな。店の紹介は東京のものが多いし。……俺はいつも時計代わりにしているけれど、こういうお店とか、留守中テレビで見たものが気になったら言ってほしいな。休みの日とか出掛けてみるのもいいし、どういうものに興味を引かれたか、一社長として興味がある」
社長は、会社という大きな組織をまとめ上げる重要な役職だと教えてもらったこともあり、勉強熱心なんだなとユーヤは感心していた。
「もし言葉とか勉強したいなら、今度本屋とか図書館とか行ってみるか。人間の生活の知識としても、勉強になるだろうし」
「はい、ぜひ行かせてください!」
週も始まったばかりだと恭隆は笑うが、予定が埋まる幸せをユーヤが知らないとこでかみしめていた。
(最後に恋人ができたのも、数年前か……。友人もみな忙しいし家庭もちだったりするし……。こんなところで、いい機会に巡り合えるとはな)
恭隆の朝食を物欲しげに見ていたユーヤを見てほほえましく思いながら、トーストを半分に分け始め、ユーヤに渡した。
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