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4-5 仕事再開、商談

 ユーヤがリビングで寝始めた頃は、昼休みに差し掛かる頃合いで、恭隆の会社の食堂はいつにも増して大賑わいだった。朝話題になった恭隆本人が食堂に顔を出し、社員と一緒に並んでいるという情報が社内をめぐったのだ。  恭隆は先日の駅ビルでの礼をしようと田崎の姿を探すが、ちょうど営業に出てしまっていたようで後日に持ち越しとなってしまった。  並んでいれば近くにいた社員たちに「どのくらいの子どもなんですか?」「性別は?」「写真ないんですか?」など質問攻めにあい、座ってもなお別な社員たちか聞かれる始末だ。  一つ一つ返していくも後から来た社員にも同じように聞かれ始めれば、社報にでもして流すか、などとんでもないことまで頭によぎってしまう。  年齢については高校生で統一させ、いろいろな事情があって今は通えていない、ということにしておいた。兄正明が言っていたことを参考にした形になったが、どうやら皆思うところがあったようで、深く追求することは無かった。 「何だったら会社に連れてきてもいいと思いますよ。高校生の年齢なら働けますし、そうでなくとも見学させたり傍に誰かと一緒にさせたりするだけでも精神的に安定する子もいますしね」  社員の一人がそう言えば、うんうんと何人かが頷いた。そういうものか、と恭隆は考えながら、目の前のサバの味噌煮をほぐし、一口分を口に運んだ。    さすがに質問のネタが尽きたのか、社員たちの興味は恭隆の子育てから、今日来るデザインの営業部長についてに移っていった。 「名前なんて言ってたっけ……そう、荒川さん」 「アポの時間に、受付周り歩いてみようかな……そうしたら会えるかも」 「いや仕事しろよ。とはいっても、営業の手腕は気になるしな」  思い思いに浮足立つ社員たちの様子を、恭隆は目じりを下げ愛しく思う。ミーハーな下心があるにせよ、客人に対し歓迎の気持ちで迎えることは会社の第一印象を良くするはずだ。 (確かアポの時間は午後2時……ユーヤは昼寝でもしてる頃かな)  昼間のユーヤは眠そうにしていることが多いように感じる。本来であれば夜中に活動することが多いようで、その生活習慣も含め、人間生活に慣れるということが大事なのだろう。  皆が片づけを始める頃合いに、恭隆も席を立ち、食器を返却口へ返した。食堂の調理師たちに「ごちそうさまでした」と何気なく声を掛ければ色めき立ち始めたことに、少なからず驚いた。 「やだ社長、モテモテじゃないですか」  社員に囃し立てられるも、恭隆は首を傾げ、いままでなかった反応に困惑するばかりだった。  資料の整理をしていれば、あっという間に約束の時間になっていた。社長室のドアをノックする音が聞こえ、秘書から声がかかる。改めて身支度を整えてから、入ってもらうよう声を掛ける。 「失礼します」  低い、通りのいい男の声が聞こえる。ドアが開かれ、話題の営業部長の姿が見える。精悍な面持ちに黒のオールバックはワイルドな印象を与えながらも清潔感があり、第一印象は悪くない。体力勝負でもある営業部にふさわしく鍛えられた体は、長年にわたり剣道部に入っていた恭隆にも引けを劣らないほどだ。 「社長の本条恭隆です。よろしくお願いいたします。」  名刺交換のため近づけば、恭隆よりも身長が高いことが分かる。自身もそこまで低くはないはずだが、人によっては威圧感を与えることもあるだろうと、胸中を察する。 「荒川丈(あらかわじょう)です。こちらこそ、よろしくお願いします」  荒川は口角を上げ、爽やかな笑みを浮かべ恭隆を見る。実に人のよさそうな男だと、恭隆は感心する。営業にはこういった雰囲気が大事なのだと学ぶことが多い。  着席を促し、世間話を挟みながら本題に移っていく。頼もうと思っていた商品は、お菓子業界でも重要なイベント、バレンタインデーのパッケージデザインだ。大の大人、それも男二人でバレンタインとは、心の内でそう思っていたのも過去の話。恭隆は真剣に、目の前の荒川と商談を進めていく。 「新商品二つは、それぞれ子供向け、大人向けに作ろうとお伺いしています。ですが、最近だと露骨な子供向けデザインは好まれないように思えて」 「恐らく、バレンタインでの購入動機が「友達へのプレゼント」という傾向が出始めていることが根強いのが原因かと。大人は「自分への贅沢」と、「告白」という動機から派生していっているので、今回は両方ともシンプルなデザインをお願いしたいです」  高級志向を持つよりは、恭隆の考えは荒川にも伝わったようで、話はとんとん拍子に進んでいく。 (よし、この調子で見積もりがいい感じであれば成立しそうだ)  話もまとまっていき、恭隆は胸をなでおろす。荒川も満足のいく商談になったと思っているのだろう、実に楽しそうに話していく。

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