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4-6 仕事再開、健康的な体とかすかな違和感

 荒川と話しはじめ、二時間ほど経過した頃だろうか。商談から雑談に移ったころ合いで、荒川が切り出した。 「本条社長は随分と鍛えられているようにお見受けしますが、何かトレーニングを?」  荒川も鍛えている方だったのだろう、恭隆を見れば体つきが素晴らしいと褒め言葉をかける。 「ええ、少し。でも最近はサボりがちで……体力の衰えを感じますよ。荒川さんも、健康的に鍛えられているように思えますね」  荒川は自分に話が振られると思っていなかったのか、驚いた表情を浮かべる。しかしすぐに冷静さを取り戻し、笑みをこぼす。先に断りを入れ、荒川はスーツの上着を脱いだ。  元々上着を着た状態でも見えていた身体は、シャツ一枚になるとなおのことよく見える。ボディビルほどではないが鍛え上げられた筋肉は、ありありと見せつけるように主張している。 「本条社長も、よろしければ」 「荒川さんのを見たあとだと、見せるほどのものではないですが」  そういいながらも、荒川に促され上着を脱いだ。部活動の中で鍛えた体は、多少の衰えがありながらも、健康的に見えるだろう。 (ユーヤに美味しいって言われるくらいには健康的な体はしているはずだ) 「互いに身体を苛め抜いている、って感じですね」 「ははは、そうですね。荒川さんは、何か秘訣があるのですか?」 「秘訣、ですか……。運動は元より、食べ物にも気を使っていること、ですかね」 「なるほど……たしかに食べ物は大事ですね」  そういわれ振り返ると、最近は少し荒れた食生活をしていたかもしれない。ユーヤが来ても彼はあまり人間の食事で腹が満たされることは無いため、自分本位の食事を取りがちになる。それでも気を使ってはいるが、ここは改めて、決心を固くする必要があるかもしれない。 「ですが、最近良いと思えるものがなくて……。探しているところです」  困ったように荒川は笑う。産地や味にこだわりを持つタイプは少なくない。栄養補助食品も、味はピンキリだ。 「応援していますね」  恭隆が何気なく言った一言は、荒川を元気づけたのだろう。スマートではありつつ声の調子が上がった返事を返してきた。 「はい、ありがとうございます」  営業らしい、はきはきとした話し方に恭隆も元気づけられた。健康的な体つくりをする仲間ができるかもしれない。  玄関まで荒川を送るといい、上着を持って案内をしながら廊下を進んでいく。部署を周っていけば一目会いたがっていた社員たちが色めき立ち仕事の手が止まっているのが分かる。「仕事をしてくれ」と目くばせをすれば、手を動かす振りをしながらも社員たちの視線は荒川に向いていることがありありと見える。 (こういう時、社長の威厳って大切なんだなって思うな)  一人肩を落としていれば、玄関先から呼ばれたような気がした。顔を上げてみると出先から戻った営業が帰ってきたようで、その一人である田崎が声を掛けていたようだ。皆荒川に挨拶をしたのち、その面立ちに頬を緩める。  ただ一人、何か気に食わないことでもあったのか、田崎だけが顔をこわばらせ挨拶をしてすぐに、恭隆の方に寄ってきたかと思えば、ぐいと腕を引っ張り始める。  あっけにとられる社員たちの視線から隠れるように、角の死角に入る。小声だが、恭隆の声は荒っぽくなっている。 「客の前だぞ……!?」 「そうは言いますけど、社長上着着てないし、寒くないです!? 中に肌着着てるでしょうけどシャツ一枚は自殺行為ですよ? 風邪ひいたらユーヤくんも社員も心配しますから、ほら」  抱えていた上着を奪われれば、ゆっくりと田崎は恭隆の袖を通し、肩まで着付けさせてきた。  その時、ほんのわずかな違和感を、恭隆は覚えた。田崎が上着を肩まで通すとき、一瞬動きが止まり、肩を凝視していたのだ。 (シャツも肌着も着てるし、ユーヤの吸血痕、と言うべきか、見えないはずだが……)  こんなところに落とし穴があったとは、恭隆は田崎に礼を言いつつ、せめて客の前ででもいいからひっぱるのはやめてくれ、と小言を付け足した。 「はぁい」  腑に落ちないと言ったように、田崎は口をとがらせる。あまり社員と比べたくはないが、もう少し教育をしてもいいのかもしれない。  荒川の元へ速足で戻り、詫びれば本人は気にしていないようだった。会釈をしたのち、 「また身体づくりのこととか、お話しましょう」と楽しげに話した。  荒川を見送り、営業仲間たちからこってり絞られはじめた田崎は、恨めしそうに恭隆を見る。 「とりあえず部署に戻ってからにしてやってくれ。外は寒いからって、田崎くんも悪気があったわけじゃなかったわけだから」 「……そうですね。田崎、部署に戻ってからが本番だからな」 「そんな~」  せめて断りの一つを入れてからにしろ、こちらの営業部長の檄が飛びながらも、笑い声が響く。雰囲気を悪くはしたくない、部長の心遣いがうかがえる。 (まぁ、先方も悪い気はしてなかったようだから、ほどほどにしてやってくれ)  苦く笑いながら、少し冷たい風を感じ、肩を狭めた。

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