28 / 75

5-2 混乱の日、夜は危険がいっぱい

   翌朝のニュースは、政治の話がトップニュースに上がり、次いで犯人の捕まらない誘拐事件へとシフトしていく。また被害者が出たというニュースに、警察の後手に回る捜査にコメンテーターは疑問を呈していた。 (そうは言っても、見つからないものは仕方ない)  身内が捜査に携わっているからか、恭隆も気が気でなかった。行方不明者の安否も気がかりだが、捜査に当たる方の体調も心配になる。裏方の正明がなかなか休みを取りづらいと言っていたから、現場で捜索や巡回する方も大変なのだろう。 「……近くの駅だな」  事件が起きたのは最寄り駅から二つ先の駅にある裏路地だそうだ。人通りが多い表と違い、裏通りは人気もない。マンションが多い地区までの近道として通る人は多いものの、日付を超えるかどうかの瀬戸際の時間帯では滅多に通る人はいないという。 「ユーヤが、他の人間を探すなら、夜は気をつけるように言うべきか?」  誘拐犯という危険人物とはいえ、ユーヤは吸血鬼であり、人並みには対抗できるかもしれない。しかし、初めて会った頃のように、恭隆に容易に抑え込まれるようでは、夜の散策は危険を伴うだろう。  ニュースを見ながら朝食の準備を進めていれば、ユーヤが起きてくる。まだ眠いのだろうか、目をこすりあくびをしている。 「おはよう。……うまく眠れなかった?」 「おはようございます。昨日のお話、面白かったので……」 「石碑のことか? それは聞くのが楽しみになってきたな」  昨日は恭隆が遮ってしまったが、ユーヤの楽しみを共有できることは、恭隆にとっても嬉しいことだ。 「……パン、今から焼くけど食べる?」 「はい!ありがとうございます!」  ユーヤは手伝いをしようと、嬉しそうに台所へ駆け寄る。どうせならと目玉焼きとセットにして、ユーヤにはパンの焼き具合を見てもらうことにした。トースターがあるため、焼きあがったらさらに盛り付ける程度にはなるのだが。それでもユーヤは楽しそうに、焼きあがるのを、まだかまだかとじっと見つめていた。恭隆はほほえましくなるのと同時に、ふと先ほどのニュースを思い出す。 「……ユーヤは、他の人間の血を探しに行かないのか?」 「え?」  急な問いかけにユーヤは困惑したように答えた。 「……ヤスタカさんが、他を当たれというのなら」 「いや、そういう意味じゃないんだ。その、キープという言い方は悪いかもしれないけれど。もし、俺が眷属になれなかったら、一から探しなおしだと時間がかかるだろう?」 「それは、そうですけれど……」  ユーヤの考えでは、まだ恭隆の元を離れるつもりはなかったらしく、その表情は浮かないものになっていく。 「僕は、探す予定はないです。人間の日常に、もっと慣れていかないと」 「そうか……。夜は物騒だから、出歩くときは気をつけてと、思って」 「そうならそうと言ってくださいー! 追い出されるかと思いました!」  ユーヤは恭隆の胸元をぽかぽかと叩き始める。抵抗の仕方がかわいいと思わず頬が緩むが、心配させたことは事実であり、胸が締め付けられる。 「ごめん……そういうつもりはないんだ。むしろ、俺としてはいてもらいたいけれど、ユーヤの今後を考えてな」 「まだ始まったばかりですし、ヤスタカさんのところに来てまだ一週間も経ってないんですよ!」  思い返せばまだ一週間たっていないのかと、カレンダーを見る。確かに、ようやっと一週間になろうとしているところだった。 「……一カ月くらいは経っているかと」 「経ってないですー!」  拗ね始めたユーヤをあしらいながら目玉焼きを焦がさないよう目を向ける。時間はまだあるが、早いうちに出社して、確認を進めたい恭隆は、早々に目玉焼きを皿に盛り付ける。ユーヤにもパンの様子を見てもらっているうちにサラダとスープの用意を始めた。 「今日も帰り遅いのですか?」 「んー、しばらく遅くなるかもしれないな……」 「それなら、ヤスタカさんの方こそ、夜気をつけてください。怖いのは、人間だけではありませんから」  不貞腐れながらも、ユーヤは焼きあがったパンを皿に置いた。昨日話した「人に紛れている吸血鬼」のことを警戒しているのだろう。 「……そんな狙われやすいかな、吸血鬼に」  若い女性ならまだしも、と恭隆は言葉を漏らす。一般的な吸血鬼のイメージとして女性を狙うものではないかと思ったのだが、ユーヤの答えは違った。 「ヤスタカさん、僕出会ったときに言いましたよね。おいしそうだと思ったって。少なくとも、そう思う吸血鬼はいるんですよ」 「……それも、そうか」  恭隆自身がユーヤに対して劣情を抱いてしまったのと同じように、ユーヤも恭隆に食欲を抱いていたのは事実だ。人間の好みが色々あるように、吸血鬼も味の好みがあるのは当然だろう。 「よし、お互い気をつけることにして、ご飯にしようか」  体よくまとめられ、ユーヤは少し不服そうな表情を浮かべるものの、これ以上の言い合いは時間の無駄だと、諦めて皿を運ぶことにした。

ともだちにシェアしよう!