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5-3 混乱の日、つかの間の夢
朝食を取り終えユーヤに見送られ、恭隆は仕事に向かう。少し気が乗らないが、休むわけにはいかない。早く帰れたならば、ユーヤに似合いそうなエプロンでも見つくろいたいなと、現実逃避をし始めるほどには疲れていた。
(……昨日のことは、一旦忘れよう)
人間に紛れ込んでいる吸血鬼、それが社内にいたらなんて、たらればにしてもおかしな話だ。もしいるとするならば、誰か一人くらいは襲われているかもしれない。何か相談を受けているかもしれない。
昨日の田崎の行動も、本人が吸血鬼かなど確認のしようもなく、恭隆と同じように吸血鬼の知り合いがいる可能性だってある。
(わざわざ、聞くまでもないな)
ユーヤの生活にプラスになるのであれば、先輩吸血鬼を探すことはいいことかもしれない。けれどそれはユーヤから求められて初めて探すもので、恭隆の独断ですべきことではないだろう。
電車は相も変わらず満員で、時差出勤の必要性を感じてしまう。部署の対応に遅れが出ることも考えられるが、それでも満員電車というだけでストレスが溜まることもある。気分が重くなる仕事の前だとなおのことだ。
(……この中にも、いるかもしれないのか)
特に疑心暗鬼になっているわけではない。ただ、もしここで噛まれたりすると、パニックになるだろうと考えてしまう。
(ああ、だめだ。違うことを考えよう)
振り払うように目をつむり、思い浮かべたのはやはりユーヤのことだった。二回目の食事から今日で二日目、そろそろ次の吸血の機会となるだろう。そしてそれは、恭隆の趣味を近々実行するということでもある。
(写真に写らないのは、少し残念だな)
人前で見るものではないものとはいえ、拘束された格好のままで態勢を維持させるのは、相手の羞恥心を煽らせ、より煽情的になる。見ているこちら側の気分も高揚するものだが、写真に撮れないのであれば視姦するしかない。きっとユーヤは恥ずかしがり、ぷるぷると身体を震わせながらも頬を膨らませるだろう。
(ありだな)
だがそれで満足できるのかと、ユーヤは問いかけてくるかもしれない。拘束されている姿を見るだけでも、今までの恭隆には願ったりだが、恐らく自分の中でもその先の性行為までしたいと、今まで叶わなかった分恭隆は考えてしまうのだろう。
それに、ユーヤが存外積極的なのも拍車をかけている。今まで見いだせなかったものの魅力さえ、ユーヤは引き出してしまうだろう。
(服にこだわりはなかったが……)
ハロウィンの時期は終わり、コスプレ衣装の市場はなりを潜めるだろう。あえて日常的な衣装に手を出すのもやぶさかではない。
(それこそ、エプロンか)
日常使いするものとは別に用意するようにすれば、抵抗感は薄れるだろう。さすがに、田崎と一緒に見立てた私服でというのは気が引ける。
(職業系の服はどうだ)
よく見かける衣装を思い浮かべてみるも、いざユーヤが着るとなると、本人にどんな職業なのかを理解させることの方が先決だろう。プレイをするにしても、その立場が分からないと混乱してしまう。
(……和服などはいいかもしれない)
浴衣はそれこそ、煽情的に映ることだろう。だが、今の時期は少し寒いかもしれない。半纏を着させたとしても、結局はだけさせることになるため、控えておくことにした。
(温泉旅行にでも行けば話は別だが)
旅行というのもいいかもしれない、恭隆の妄想が広がり始めたところでちょうど会社の最寄り駅に着いた。アナウンスが聞こえず、人の流れで気づいたためよかったが、危うく降り損ねるところだった。
(そろそろ、社長業に思考を戻すとするか)
改札をくぐり、会社に近づけば何人かの社員とすれ違いざまに挨拶をされる。コンビニに寄る者も多く、足早に店内に入っていく姿を見届けて、オフィスに足を踏み入れる。
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