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6-9 非日常、『キーパー』

   社長室の扉が勢いよく開いた。その音がやけに響き、正気を無くした荒川の視線だけが扉に注がれ、長い爪の動きが止まる。ほぼ同時に扉の方角から太い鎖が伸び、荒川の身体は拘束される。 ユーヤの身体に当たる前で止まった、長い爪ごと。  荒川はうめき声を上げながら、鎖を引きちぎろうともがく。爪が欠けて飛んでいき、欠片は鎖を断ちった。鎖を絡みつかせ、荒川は『エサ』――恭隆目掛け突進するように走り出す。ユーヤが恭隆の手を引き逃がそうとするも、その腕力では恭隆の身体を揺らすまでしかできない。恭隆は未だ動けず、恐怖でくぎ付けになっている。 「イケメン面が台無しだって」 低く、突き放すような男の声が社長室に響く。その声がしたのは、鎖が伸びている扉の方からだった。鎖の軌道と同じように、一本の矢が、荒川の首に刺さる。荒川は断末魔を上げ、その場で身悶え始めた。それでもなお恭隆へ向かおうと、ふらつきながら歩き始める。 「これ、使いたくないんだけど……」  彼の指す「これ」が気になり、ユーヤは恭隆の身体を引っ張りながらも、視線だけを男に向けた。 男が手にしていたのは銃の形をしたものだった。もう片方の手で持っていたのはボウガン、足元には銃口から鎖が伸びた銃が落ちており、先ほど断ち切られた鎖は、この銃から放たれたものだろう。 (もしかして、『キーパー』……?) ユーヤがその姿を見れば、黒いコートを着た男が立っていた。闇に映える美しい、セミロングの銀の髪に、白い肌。赤い瞳に、とがった耳といった特徴は、吸血鬼を思わせるに十分だった。 だが、ユーヤが見てきた吸血鬼の中で、もっとも恐ろしく、厳粛な表情を浮かべていた。 男が銃の引き金を引くと、銃口からはまた鎖が飛び出した。その先端には鉄製だろう、アームのように開く枷が付いている。枷は大きく開き、荒川の首や手足を拘束していく。そしてまたボウガンから矢が放たれ、荒川は崩れ落ち、静かになっていった。  突然のことに恭隆は戸惑い、ようやっとユーヤの方を見ることができた。彼がやったことではないことは明白だ。ユーヤが見ている先を見れば、男もこちらの視線に気づいたようだ。黒のコートをはためかせ、男は恭隆とユーヤの方に近づく。体をかがませたかと思えば、恭隆の身体を軽々と抱き上げた。 「なっ……!」  恭隆が慌てていれば、男は軽く「よっと」と声を漏らすだけで、社長室の端、扉の方まで移動させて、床に下ろした。 「ユーヤ様は、自分で歩けます?」  黒いコートの男は、先ほど荒川と対峙していた時とは真逆に明るく、軽い声色で話しかけてきた。表情も穏やかで、笑顔すら浮かべている。 「え、あ、はい……」  ユーヤが唖然と男を見ている中、恭隆は脇腹を抑えながら男の方を見る。 (なんだ、この違和感。……聞き覚えのある、声だからか?)  まるで物語に出てくる存在そのものであるにもかかわらず、懐かしいような声に瞬きが多くなる。ユーヤも恭隆の傍に向かうように、ゆっくりとふらつきながら歩く。その道中男とすれ違い、近くで見るもその男が誰か分からなかった。恭隆のところまで近づき、よれよれになった恭隆のシャツの裾を弱弱しく掴んだ。  男は拘束された荒川の方に近づきながら、ため息をつき恭隆に話しかける。 「社長も社長ですよ、隠れててくれって言ったじゃないですか」 「言ったって……まさか」 「え……。ああ、仕事だからついガチの姿に……だから反応がおかしかったんですね、二人とも」  軽口を叩けば、その身体を霧に包んでいく。目を凝らしてもその姿は一切見えず、次にその姿が浮かんできたのは、霧が晴れたあとだった。耳の尖り具合はそのままだが、二人とも見たことのある、特に恭隆はほぼ毎日見ている男の身体に代わっていた。 「田崎、くん……?」 「はーい、田崎ですよー。……って、まずはこっちを片付けてからじゃないとだめっすね」  ひらひらと手を振る気さくな姿は、まごうことなく田崎本人だ。恭隆たちに見られている中、黒いコートのポケットからスマートフォンを取り出せば、どこかへ連絡を入れ、すぐに仕舞った。 田崎の視線の先には、未だ静かにうずくまる、拘束された荒川の姿があった。耳の尖りは変わらず、灰色のように混じり合った白い髪は、段々と黒に戻っていく。枷をつけられた荒川の姿は、少し見ていて痛々しく思えてくる。 「あの、その枷……」 「散々暴れてましたからね。俺だって、すっげー嫌なんですよ、これ使うの」  その口ぶりは心の底から嫌がっているようで、田崎の思いがひしと伝わってくる。その感情は、眉がかなり寄っていることからも裏付けられるだろう。 「でも、あれだけ人を傷つけたやつには、相応の対応をしないといけないんで」  鎖を握る手を強くしながら、また一歩、荒川の元へ近づく。じゃらりと重い音を響かせ鎖が鳴けば、ようやっと荒川の目が開き始める。

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