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7-6 休息の日、田崎との再会 植原の家

 恭隆の家から、目的の駅までは1時間もかからなかった。都内でも名の知れた、高級マンションが立ち並ぶ地域だったそこは、その名だけで恭隆を緊張させた。  商談を持ち込む前に調べた情報を思い返せば、植原はデザイン会社を起業する前は、若くして別の会社で役員まで上り詰めた人物だった。その別の会社というのは中小とはいえ名の知れた広告会社だった。その時点で、高級住宅街に住めるほどの経済的余裕があったのだろう。脱サラ後、起業したデザイン会社も軌道に乗り、今に至っている。  改札を通り、恭隆があたりを見渡せば、柱に寄り掛かりながら、スマートフォンをいじっている田崎の姿が見えた。手土産が入っているだろう手提げ袋を肘にかけ、退屈そうに指を動かしている姿は、会社にいる時とは真逆に映り、本当に田崎なのか、恭隆は不安になった。数歩田崎に近づけば、視線に気づいたのだろうこちらを向く。 「おはようございます」 「ああ、おはよう、田崎くん」 「……けがは、もう大丈夫なんですか」 「まぁ、歩けるし。さすがに長く立っているのはちょっと辛いかな」 「じゃあバス使いますか。そこそこ歩くんで」  柱から離れ、スマートフォンを仕舞った田崎はバス停まで歩き始める。やはり、いつもの調子を感じられず、恭隆は少し出遅れた。その足取りこそしっかりしていたが、遅れてきた恭隆に、田崎の表情は芳しくない。立ち止まり、後方にいた恭隆の方を向いた。 「……やっぱりまだ休んでいた方が」 「大丈夫だって」 「だっていつもの社長ならすぐに歩き始めるじゃないですか」 「田崎くんだって、いつもの明るさがないというか……」  恭隆の発言に、首を傾げ田崎は戸惑っている様子が見て取れる。 「駅ビルで会った時だって、もう少し明るかったじゃないか」 「……さすがに、今までみたくは出来ませんよ。俺だって」 「どうしてだ? 俺は変わらないのに」 「……そうですかね」  言い終われば田崎は再び歩きだし、置いていかれぬよう恭隆も歩くスピードを速める。ちょうどいい時間にバスが止まっており、二人はバスに乗り込んだ。乗っている間、二人はずっと黙っていた。先日の晩にあったことは外で話せる内容ではない。  駅からは10分程度で最寄りのバス停に着けば、周りは静かな住宅街で、一軒家もあれば高層マンションも並び、どこも豪勢な場所だった。 「さすが社長クラスだな……住む場所が違う」 「それ社長が言います? ……ちょっと歩きますんで、迷子にならないでくださいね」  歩き始めれば5分くらいで目的のマンションにたどり着く。小高い丘の上にある、低層の5階建てのマンションに住んでいるようで、入り口前に設置された数字キーを、田崎は手際よく押していく。すでに教えてもらっていたのだろう、部屋の番号とインターホンを押せば、低く落ち着いた声色の男性の声が聞こえる。 『……はい、植原です』 「昨日お電話を差し上げた田崎です。すでにお話しましたが、本条製菓の社長も同席してもよろしいでしょうか」 『ええ、もちろん。どうぞ、玄関をお開けしますので』  植原の声が切れ、ロビーへつながるドアのロックが外された音がした。田崎に続き、恭隆も入っていく。挨拶をしてきたコンシェルジュに軽い会釈を返し、エレベーターと階段を案内される。田崎は申し訳なさそうな顔を恭隆に一度向け、階段へ進んでいく。 「……他の人乗ってきたら厄介なんで」 「ああ、そうか鏡。傷のことなら、心配しないでくれ。ゆっくり歩くよ」  どうも、田崎の短いお礼が、恭隆には素っ気ないながらも可愛らしく感じてしまった。 「植原社長には、どうやってアポ取ったんだ?」 「……まぁ、そのへんは機密情報もあるんで。有り体に言えば、押収した荒川のスマホから番号割り出して電話かけました。俺は荒川の知り合いってことにしています。まぁ、すぐに本条製菓の社員だってバレても問題ないです」 「そう、なのか?」 「それよりショッキングな情報引っ提げていくんですよ、俺たちは」  自分の会社の営業トップであり部長だった荒川の、急な退職でさえ驚きが隠せていないだろうに、その荒川が吸血鬼であったということは、大きな衝撃だろう。 「人間だと、疑わなかった社員が急に吸血鬼だって。現実味も何もないですよ」 「……言われてみれば、そうだな。田崎くんの時だってそうだった」 「そうでしょ?」 「でも、ユーヤ以外にも吸血鬼がいるっていう、当たり前のことに気づいたときは、田崎くんもなんじゃないかなって思っちゃったな」 「え、そうなんです?」  心底驚いたような声で、田崎は聞き返した。 「駅ビルの時、保護板があるエスカレーターを避けてたり、荒川さんとの初めての商談の時、肩見てただろ?」 「う、それはそう、ですね……」  思い返せばぽろぽろと出てくるミスに、田崎は口元を抑え、少しだけ顔色が青ざめている。 「俺としたことが……何年この仕事やってるんだよ」 「……仕事。『キーパー』のことか」 「まぁそうっすね。その話は後で。5階着きましたよ」  いつの間にか階段を上り終えた二人は、部屋番号を見つつ廊下を進んでいく。植原の部屋は一番奥だった。改めてインターホンを押し、田崎が声を掛ければ、玄関の扉が開いた。 「……ああ、初めまして。植原巽です」  二人より少し年上であろう、グレイヘアの男性が、温和そうな笑みを浮かべ顔を出す。少し気疲れをしているのだろうか、うっすらと目に隈が浮かび、皴も多い。情報では40歳手前だというが、それにしては年老いて見えてしまう。田崎に続き、恭隆が挨拶をすれば、植原は深々とお辞儀をする。 「さぁ、中へ入ってください」  植原に促されるまま、二人は玄関へと進む。玄関や廊下から見える洗面所からはあまり生活感を感じず、部屋のいくつは物置のようになっていた。 (何人で住んでいるんだ……?)  恭隆が譲り受けた一軒家は元々一家で住んでいるような建物だったがために、二階はほとんど物置となっているが、植原の家はそういった理由ではないだろう。

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