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7-8 休息の日、彼に会うためなら
重い静寂の中、田崎は口を開く。その目は厳しさではなく、どことなく柔らかさがにじみ出ていた。
「……刑務作業期間は、初犯であることなどを踏まえて、短くて10年はかかります。人間の貴方には長いでしょう」
「それでも、彼が私のことを忘れていなければ、待ち続けます」
長い沈黙がリビングを包み、田崎は大きく息を吐く。
「……本人のやる気次第のところもありますが、刑を軽くする方法はあります」
田崎の言葉に食いついたのは、植原はもちろん恭隆もだった。思わず身を乗り出し、田崎の方を凝視する。その勢いに一瞬田崎がたじろぐも、咳払いをする。その表情は先ほどまでのものとは異なり、会社で見せる「いつもの田崎」に近かった。
「まず、今回の事件の被害者……うちの本条社長からの許しがあること。これはクリアでしょうね」
「もちろんだ」
「即答しないでください。割とひどいことやってるんですからねあいつ」
「……それは、分かってる」
自身だけなら、恭隆もすぐ許しただろう。しかし、働いている社員たちに危害を加えたことは、今でも許せはしない。
「でも、本人が反省しているのであれば、後は働き次第だろう?」
「そうです。今荒川さんがやっている服務を真面目にこなしていれば、二つ目の条件はクリアできます」
今後の働き次第ということだが、恭隆は問題ないだろうと思った。仕事ぶりは至って真面目であったし、刑を軽くするためなら荒川も真面目に行うだろう。
「三つ目が難関です。……今荒川さんは無職ですし、住む場所もありません。……それに、人を襲わないように、定期的に血を吸わせてくれる人間が必要です」
「……眷属の候補とは違うのか」
「そりゃそうですよ。もちろん、結果的に眷属になることはあるでしょうけど。あくまで最初は社会復帰目的です」
「あの、住む場所も、職も、私が責任をもって受け持ちます。……丈くんがよければ、血、だって……」
植原が控えめに、それでいてはっきりと告げる。荒川が吸血鬼だと告げなかった理由を考えれば、頷く条件とは言えないだろう。しかし、それをもってしても、植原は吸血鬼である荒川を受け入れようといったのだ。
「……分かりました。二人の意見はちゃんと現場に言っておきます。まぁあと一つの条件次第ですかね」
「まだあるのか?」
「社長、あいつの罪何個あると思ってるんです? でも最後は俺次第なんで」
「田崎くん次第?」
恭隆が尋ねれば、田崎は頷き、少しだけ口角が上がる。
「監視ですよ。模範的な働きをしているか、変なことしないか『キーパー』の監視が必要なんです」
「田崎くんのほかにも『キーパー』はいるんじゃないのか?」
「事情知っている方がいいでしょ? それに俺『キーパー』の中では重鎮なんですよ。信頼は厚い方です」
段々田崎の調子が上がっている理由が、恭隆には何となく分かってきた。
「……部下にするつもりか?」
「ま、まぁ……荒川が強かったのは事実ですし。それに人脈も広いでしょうし、悪い噂を聞くことも多いでしょうから」
田崎はなぜか平社員で、肩書を持つよう打診をしたこともあったようだが、蹴っているようだ。つまり、部下を持ったことがなかったのだ。
恭隆が一つ深く息を吐けば、植原が口を開いた。
「あの、深い事情は私にはわかりません。けれど、丈くんのために出来ることは、ご協力いたします。どうか、寛大な処置を、お願いいたします」
植原は椅子に座りながらも、深々と頭を下げ田崎に頼み込んだ。恭隆もそれを見て、ゆっくりと頷く。
「俺からも頼む、田崎くん」
「はぁー……。いや、この展開になるとは思ってましたけど。いいです? はいじゃあ明日から、とはいきませんからね。服務を真面目にやり続けていることが大前提です。本人の意思もあります。……最大限の配慮は約束しますけど」
田崎が承諾すれば、恭隆は思わず立ち上がり、植原の手を強く握る。
「やりましたね、植原さん!」
我が事のように喜ぶ恭隆につられ、植原も笑みが浮かぶ。
「はいっ……ありがとうございます!」
喜びにあふれる二人を目の前にして、田崎は息を吐きソファーの背もたれに寄り掛かる。
(……あいつがちゃんと話してれば、こんな大ごとにならなかったな。まぁ、言えないからこそ、ああいう吸血鬼がたくさん出てくるんだ)
親しくしていた人間からの拒絶を恐れ、非合意な吸血に至るものは少なくない。『修行』の制度を作ることによって、場当たり的な吸血を防ぐ目的もあったが、それに賛同しない吸血鬼が多いことも事実だ。
(もちろん、逆もある)
吸血をしなければ飢える者を見れば、立場の優劣が生まれることもある。親しくしていたとはいえ、優劣が生まれた途端に関係性が変化し、支配的になる人間がいるのも、事実だった。
(ま、この二人なら大丈夫だろ)
眼前で喜びを分かち合う二人を見れば、吸血鬼に対しての恐れは生まれるだろうが、強く抑え込み立場を悪用することは無いと確信できる。
(あんな思いをする奴は、俺の目の届く範囲に居なくていい)
歓喜に湧く二人の声を聴きながら、田崎はゆっくりと目を閉じた。
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