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7-12 休息の日、見知ったコートと膝の上

 恭隆は一度立ち上がり、ソファーからラウンジチェアに移動した。一度『交換条件』での行為で使用した場所とあって、ユーヤは少し顔を赤らめる。恭隆が腰深く座り、ユーヤを手招きする。素直に傍へ寄ろうとするユーヤの足元にあった手提げ袋が蹴られ、かさりと音を立て揺れた。 「あっ……ごめんなさい」 「ん、ああ! ごめんユーヤ! それ田崎くんからユーヤに渡せって言われていたんだ。……それを持って、膝の上に座ってくれないかな。背を向けてもらって構わないから」 「膝の、上にですか?」  首を傾げながらも、恭隆のリクエストには答えるつもりでいたため、ユーヤは紙袋を持って恭隆の傍まで歩き、少しよじ登るように恭隆の膝の上に乗り、背を向けるようにして座った。 「お、おじゃまします……」 「どうぞ。……紙袋の中、見てみてくれるか? 田崎くんは、ユーヤが見ればわかるって言っていたんだ」  そう言われれば、ユーヤは紙袋の中身を覗き込む。紺青の衣服であることは何となく分かったようで、小さく驚嘆の声が漏れる。 (本当に見て分かるものなのか?)  ユーヤが少し慌てたように取り出せば、恭隆の見立て通り、ユーヤに渡すにしては大きいサイズのコートだ。金のボタンは花があしらわれており、上質でしっかりとしたつくりをしていた。これからの季節にも着られるだろうが、何分ユーヤには大きい。 「……この前の、褒賞だって言っていたけれど」 「褒賞って……これ、お爺様のコートですよ!? タサキさん、お爺様とどんな関係なのか、言ってました?」 「いや、誰のかも聞いてなかったから、俺は何も……」  誰かのおさがりだろうと思っていたのは恭隆の推測で、田崎自身からは何も聞いていなかった。一体いつ渡されたものなのかも見当がつかない。 「お爺様が若いころに着ていた、大切な物なんです。吸血鬼と人間の仲を取り持つために、『修行』の制度を取りまとめるための指揮を取っていた頃に、仲良くしていた人間の方から頂いたものだと、よく聞かされていました」 「そ、そうなのか……」 「誰にも着せたことがなくて、ずっと大切に手入れされていたのに……袋越しに僕蹴っちゃいました!」 「とりあえず、ほつれとかは無さそうだから、大丈夫じゃないかな」  ユーヤのあまりの慌てぶりに、恭隆は圧倒されていた。ユーヤは未だ信じられないといった様子で、まじまじとコートを見ている。 「おじいさん、立派な方なんだな」 「はい! お爺様は真祖の血族として、吸血鬼の模範となるべく、人間を愛しその関係の懸け橋になろうと尽力された方です。今では当たり前になっている『修行』も、お爺様が作ったんですよ。……今はゆっくりとおやすみになられていますが、僕らが行くといつも遊んでくれる、優しい方なんです」  祖父のことを語るユーヤはとても楽し気で、にこにこと笑顔を浮かべている。 「タサキさん、お爺様と知り合いのようだったので詳しく聞こうと思ったのですがはぐらかされてしまって……」  ユーヤの話を聞けば、恭隆は昼間田崎が話した彼の過去を思い返す。自分の先祖である清四郎と村や町を転々とした頃合いにでも知り合ったのではないだろうか、と推測はたてられるが確証は無い。 「今度家に呼んで聞いてみようか」 「お話してくれるでしょうか」  恭隆は不安げに呟いたユーヤの頭を撫で「大丈夫だよ」と優しく言った。膝元に座っているユーヤは途端に恥ずかしくなり、顔を赤らめる。 「今度出社したときに、それとなく話してみるよ。会社では話せないことだろうし、きっと家なら話してくれるさ」  今日の様子を見れば、もしかしたら赤面して最初こそ怒られるかもしれないけれど、と思ったが、恭隆は黙っておいた。  思いがけない贈り物に、ユーヤは興奮しているようで辺りをきょろきょろと見渡している。その動きはずりずりと膝の上から腰が奥へと進ませた。落ちないよう無意識に動いているのだろうが、本人はそれどころではなく気に留めていない。しかし恭隆の心情としては、今までは太ももあたりで落ち着いていたユーヤの感触が、当たってはいけないところへと微弱ながらに刺激を与え続けているのがどうにもいただけない。 「……ユーヤ、その」 「え?」  弱弱しく自身の名を呼ぶ恭隆を、ユーヤは不思議そうに振り返りその顔を見る。いつの間にか恭隆の胸元が近くなっていたことに気づき、少しだけ前へずれる。いつもとは反対に、恭隆の方が顔を赤らめ俯いている。その様子が珍しく、もっとよく見ようと、ユーヤは背を向けて座っていたのを、正面を向かせようともぞもぞと動き出す。ちょうど動かそうとした右ひざが、先ほどまで微弱な刺激を受けていた恭隆の下半身に、ほんの少しだけ触れた。無駄な肉が見受けられない恭隆の腹に当たったのかと、ユーヤは視線を落とす。 「あ、ユーヤ、いいから、大丈夫だから」  急に慌てだす恭隆の言葉は、好奇心と申し訳なさを抱えたユーヤの耳には聞こえていない。そのままユーヤが恭隆の下半身を見れば、少しだけ恭隆の雄が主張を始めているのが目に付いた。 「……あ」  事の次第が分かり、ユーヤも顔を赤らめ、そのまま目線を反らした。舞い上がっていた自身への恥ずかしさと共に、膝の上で動いていたことが原因だろうと、申し訳なさでいっぱいになった。 「ごめんなさい」  小さく謝るユーヤに、生理現象とはいえ恭隆もユーヤの方を見ることができなかった。 「こっちこそ、ごめん……でも、その、許してほしい、かな……」  膝の上に乗ってほしいと頼んだのは恭隆である。そして、この場でなくてもよかったかもしれない紙袋を持ってこさせた、見せたのも恭隆だ。 「……いえ、ヤスタカさんの膝の上に乗っているのを忘れ、その……反応、させたのは、僕です」  ユーヤは意を決したように、恭隆の方を向いた。その視線に気づき、恭隆も見上げてくるユーヤを直視する。 「三回目の『交換条件』、ここで果たさせてください」

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