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9-3 誘拐事件、手助けしてくれる者たち
「ブラフでもいいが、5億か……」
要求された金額は、恭隆個人で用意できるものではなかった。だからと言って恭隆の会社で出せる金額でもない。犯人の言うように、グループ全体に声をかければさして問題はないのは確かだ。
「父さんたちに相談してみるか、恭隆」
「……準備だけは、しておいたほうがいいか」
易々と身代金を渡すつもりはなかったが、だからといって準備もせず明日の朝を迎えるようなことはできなかった。あまり話を広げ、迷惑はかけたくなかったが正明の助言もあり、恭隆は電話をかける。両親へはすぐにつながり、柔らかな母の声が今は心苦しい。
「母さん、落ち着いて聞いてほしいんだ……」
事の次第を話せば驚きを隠せなかった様子の母から、近くにいたのだろう克彦が電話に出る。
『ごめんね、母さんがもう準備を始めちゃったから代わったよ』
「早いな……」
気が早いというよりは、行動力があるというべきだろうか。すでにユーヤとのことを話していたため、スムーズに事は進んでいく。
『でも、まさかユーヤくんが……』
「俺の不注意もある。けど、今は要求を呑むふりだけでもしておきたい」
『協力はするよ。今日の午後には準備できると思う。……取りに来る?』
「ああ、そのつもりだ。相手に俺の情報がどこまで漏れているか分からないけど、家への出入りする人数は少ないほうがいい」
『……無理はしないでね、恭隆』
「ありがとう、兄さん」
準備ができ次第、また連絡をすると言い電話は切れた。二人のほうを見れば、田崎も正明もどこかへ電話をかけているようだ。
(人間よりも強い……そう油断していた)
見つからないようにと、約束はしたが話を聞く限りは人助けの末のことだったようだ。自分とて、ユーヤと同じ状況に置かれれば体は動いてしまうだろう。彼を責めることはできない。
「恭隆、俺とお前の職場には休むと連絡を入れたぞ。……いくらでも付き合う。落ちていたコートも、鑑識に回った後問題がなければ俺が取りに行く」
「ありがとう。……田崎くんは」
電話が終わっていた田崎も、仕事を休むと連絡を入れたようだ。
「ユーヤくんの痕跡をたどれば、場所特定は早いと思います。相手側に吸血鬼はいないでしょうし、圧倒的力の差で制圧してやりますよ」
「物騒だぞ田崎くん……。今までの誘拐事件と同一犯である以上、ほかの被害者もいるかもしれないんだ」
「ああ、そうですね。……そっちはお兄さんに任せて大丈夫ですか? 警察っていう身分のある人のほうが、人間は信用するでしょうし。一般人が行ったら不安になるでしょ?」
「む、そうだな」
正明は納得したようにうなずくも、少し腑に落ちないような表情を浮かべる。田崎がついてくることが前提で話が進んでいることに疑問を持っている。恭隆やユーヤ、いると推定される誘拐の被害者への気遣いももちろんだが、田崎も正明からすれば一般人だ。怪我がないよう、心がけることにした。
「あとは『キーパー』本部への連絡も済ませておきました。俺が対応に当たるって言いましたけど、応援よこすって言ってました」
「……応援」
ユーヤ一人を助けるには、田崎だけでは心配になるのだろうか。それとも、恭隆が力不足と思われるからだろうか。恭隆の思いはそのまま顔に出ていたようで、田崎は気まずそうに話す。
「あー、社長。ユーヤくんって社長が思っている以上に大切にされている子なんです。真祖のとこの子はみんなそうなんですけど。『キーパー』の組織作りにも、ユーヤくんのお爺様は多大な影響を及ぼされているんですから」
田崎とユーヤの祖父のつながりがようやく見え始めたが、今それをユーヤに伝えるすべはない。田崎は正明のほうを向いた。
「警察の現場検証って、もう終わってますか? 出来れば俺たちも様子見たいんですけど」
「……そうだな」
時計を見れば7時30分を回り、そろそろ街が動き出し現場が見える通りにも人が集まるだろう。その前にある程度の捜査を終えるのが、この事件での決まりになっていた。正明が確認を取れば、どうやら日が昇る前、午前4時前には終わったという。
「問題ないだろう」
「よっし。んじゃ行きますか」
「部外者が入れるのか?」
「規制線はあれど、実際の現場がどのあたりかを市民に知らせるわけにはいかなくてな。……吸血鬼騒ぎが出てから、やれ探してみただのSNSなどではやし立てる者が多い。いたずらに被害者を増やすわけにはいかないと、苦肉の策だ」
犯人が吸血鬼であったなら、心霊スポットに突撃することと同様に、吸血鬼の実態を映像に残したい、写真に収めたい、会いたいなどという欲求が高まるのはよくあることだ。
「……本物の吸血鬼はカメラにも映らないがな」
恭隆の独り言は、すでに玄関を出ていた二人に聞こえなかった。室内の戸締りを確認し、恭隆も遅れぬよう家を出る。
「……必ず、ユーヤと一緒に帰るから」
誰に対してでもなく、家の中に言葉を残し、恭隆はゆっくりと鍵を閉めた。
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