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9-5 誘拐事件、恭隆たちの現場検証
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恭隆たちが現場を訪れたときには、すでに警察の現場検証は終わり、静けさに包まれていた。昨晩ここで起きた出来事の形跡はまるでなかった。
「……そんなに、深い裏路地ってわけでもないんだな」
車のガラスが散乱していた場所に立ち、恭隆があたりを見渡せば、すぐそこに繁華街に連なる店が見えている。追跡されていた女性の話では、繁華街を歩いている最中、男たちに付きまとわれ、裏路地に入ってしまったという。
「裏路地で撒こうと走っていたら、繁華街まで戻っていたということかもしれんな。この辺りは夜遅くになれば暗くなる」
店が開いている間こそ明るいが、深夜になれば街灯も少なく出歩く人もまばらになる。女性が逃げ込んだこの路地は特に入り組んでいるため、大通りから様子をうかがうのは難しい。
「撒くにはいいが、助けを求めるのは難しいな」
「なるほど、ユーヤくんは上から見たんですね」
田崎の言葉につられ、恭隆と正明が上を向けば、ビルとビルの間になっている路地は人の視界こそ遮るが、大きな屋根があるわけではなかった。
「マンションとかもですけど、屋根らしい屋根がないので空からは丸見えだから」
「……昨日、ユーヤは羽を出して飛んでいくと言っていたな」
「夜の空中散歩か、さぞ気持ちよかったのだろう」
ユーヤが吸血鬼であることを素直に受け入れ、正明は夜にはばたく姿を想像するほどになっていた。常日頃とまではいかないにせよ、幼少のころから怪異に触れていたからだろう。
「……いくら幽霊見えているからって、吸血鬼まで受け入れますかね。さすが本条の血筋」
「関係あるのか、それ」
「……俺の眷属である、清四郎様のお兄さんに似てるんですよね、正明さん。だからかなぁ」
驚く田崎の気持ちはわかるが、恭隆は少しだけ複雑な気持ちになった。
(ユーヤの秘密を、緊急事態だからとって言ってしまってよかったのだろうか。……俺の秘密は、隠し続けているのに)
重要度の度合いこそ異なれど、双方の秘密を『交換条件』にしていたこともあり、不公平さを今後感じはしないだろうか。
(今はユーヤを見つけて、助けることを優先しなきゃな……。二人のおかげで、落ち込み続けなくて済んだけれど)
正明からの一報を受けた後、茫然自失として動けなかった恭隆にとって、今こうして捜索のため足を動かせるのは、正明と田崎のおかげだった。自宅にいたならば、延々と自らの非を責めているだろうし、犯人からの電話も冷静に話すことができなかっただろう。
恭隆が考え込んでいる間に、田崎と正明はさらに路地の奥に進んで行こうとしていた。遅れぬよう恭隆も急いで追いかける。二人は、ユーヤのコートが落ちていた場所で立っていた。今は預かられているが、欠けた歯もこの場所で見つかったようだ。入り組んだ路地を進み、視界を切ったところで逃げようと思っていたのだろう。隠れた先で霧になれば容易に逃げ出すことは可能だ。
しかし、ユーヤが進んだ先は一本の長い通路になってしまっていて角はなかった。
「不運がたたった感じですね……。霧化出来れば何でもなかったところ、運悪く身を隠せるものがなかった。……大人の足と、子どもの足じゃあ、追いつかれて当然ですね」
田崎は現場の状況を冷静に見極め、一つ息をつき一段と声を低くしてつぶやいた。
「逆に言えば子どもにも容赦しないド底辺ってことですけど」
「田崎くん、怒りがにじみ出てるよ」
「社長が反省して怒れない分、俺が毒吐かないとやってらんないでしょ! 俺ホントにこういうの許せないんで!」
「田崎くんと言ったな……警察に向いているぞ」
「あー、似たことを副業でやってるからですかね……はい……」
「そうか。ヤスの周りに正義感あふれる人がいて良かった」
忖度のないまっすぐな言葉に照れ臭くなったのか、田崎は目線を下に向ける。恭隆が顔を覗き込めば、やはり田崎は顔を赤くしていた。恭隆がほほえましく見ている傍ら、正明が声をかける。
「一度大通りに戻ろう。ここは今までの事件現場の近くでもある。足を運ぶ野次馬が来ないとも限らない」
「……今回のことも、ニュースに出てるのか?」
朝のニュースを見る間もなかった恭隆は、スマートフォンのニュースも確認していない。田崎も同様に、報道関係はチェックしていなかった。
「いや、今回は流せない。……逃げ出した被害者女性が、犯人の顔を見て覚えていると言っていたからな。彼女の身の安全を最優先にした結果、報道関係に出せない」
「犯人は無差別に襲い掛かっているなら、女性の顔なんて覚えてますかね」
「無差別だからこそ、だ。「犯人はこの人だ」と言われれば、逃した人間だと知ってても知らずとも危害を加える可能性は十分にある。でたらめを言うな、と言って暴れる可能性もある。今までの被害者は、誘拐されたか、意識を失い発見された結果、事件当時の記憶があいまいだった。だが、彼女からの犯人の特徴などは、捜査本部にも届いているはずだ。……これは、捜査には大きな一歩になっている」
「ユーヤくんのおかげ、ですね」
苦々しい事実ではあるが、警察にとってみれば怪我の功名に近いものがあるだろう。今まで難航していた捜査に光が見いだせたのだから。
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