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10-1 聞きたかった、あなたの秘密
世間が『吸血鬼』の逮捕に沸き、平穏が戻ってから、二週間が経った。暗い話題よりも明るいものをと、テレビやSNSはこぞってクリスマスの話題に特化していた。町の色合いも華やかさを取り戻しつつあった。
「ヤスタカさん、クリスマスツリーは飾りますか?」
恭隆の家でもその明るさは戻りつつあり、ユーヤがテレビを見てはクリスマスに胸を躍らせている。
「ユーヤ、吸血鬼ってクリスマスを祝うものなのか?」
「……やったことがなかったのでわかりませんでしたが。だめですか?」
恭隆の調べた中では、吸血鬼は宗教の関係で十字架や聖水が苦手だとあった。クリスマスの起源を考えればクリスマスを祝うことはないと思っていたのだ。
「物置にあれば、ツリーは飾ってもいいと思うけれど」
「僕探してきます!」
吸血鬼であるユーヤが特に気にしていなければ問題はないだろうと、恭隆は嬉しそうに階段を駆け上がるユーヤを目で追った。
日常を謳歌しているのは、恭隆とユーヤだけではない。
正明は事件以降もせわしなくしているが、ユーヤのことを克彦には黙っていてくれている。時折、算数や漢字のドリルといった勉強道具を買ってはユーヤへのお土産にしてくるようになった。
その克彦も、ユーヤの無事を喜び家族総出で見舞いをしに来てくれていた。深夜の外出については、あえて触れてはこなかった。おそらく思うところはあるだろうが、克彦なりの優しさだったと、恭隆はありがたく思った。事件の後も、克彦は変わらず温厚な笑みを浮かべ、突然の襲来を繰り返していた。
田崎は相変わらず、会社員と『キーパー』の二足の草鞋を履いて働いているが、週末に会いに行っている、恭隆の先祖との仲も良好で、年が明ければ二人一緒に顔を見せてくれると約束している。
一番の変化は、やはり植原と荒川だろう。功績が認められ、晴れて戻ってこられた荒川は、すぐに元の会社に戻り、部長とまではいかなくとも営業部で仕事を再開したという。現場の士気も高まり、忙しい日々を送っているようだ。植原との『食事』については、恭隆のあずかり知らぬところだが、今までに困ったことなどを聞いたこともなく、また田崎がその件に関して頭を悩ませているわけではないことから、問題なく進んでいるのだろう。
あれから、ユーヤと『食事』はしても、従来交わしていた『交換条件』をするのは流石に躊躇われた。環境や相手が違うとはいえ、拘束に変わりはなく、事件のことを思い出させてしまうのではないかと二の足を踏んでいた。
「……ま、その前からやってこなかったわけだし。いまさらと言えば今更だな」
「何がですか?」
先ほど階段を上っていたと思ったユーヤが、すぐ隣で首をかしげていた。早い帰還に驚き、思わず声を上げる。
「びっくりした……!見つかったのか、ツリー」
「ありましたよ! 頂上に飾る星と、丸いオーナメント、電飾も!」
全部を持って来ようとすると重かったようで、箱にあった飾りを両手に抱え降りてきたのだという。満面の笑みを浮かべ、ユーヤはツリーに飾る時を楽しみにしているようだ。
「……俺は何でもないよ」
「その言い方は、絶対何かあります!」
話を流そうと思ったが、どうにもユーヤは許してくれないようだ。にらみ合いが続いたが、恭隆が折れ、ため息をついた。
「『交換条件』、してないって話。さすがにユーヤも、嫌だろう?」
「え……嫌なんて、僕言ってませんよ?」
首を傾げ、ユーヤはきょとんとしていた。確かに本人の口からは聞いていないし、恭隆が推測しているだけだった。
「どうして、嫌だと思ったのですか?」
ぐい、とユーヤはソファーに座る恭隆に迫り寄る。恭隆がユーヤのことをゆっくりと見ると、わずかに痣は残るものの縄の跡は消えている。だが、事件からまだ二週間しか経っていない。
「……ユーヤが、事件のことを気にすると思って」
渋々、声を絞り出して恭隆は答えた。ユーヤは意外そうに、何回か瞬きをした後に、にこりと笑った。
「そんなことないですよ、ヤスタカさんのとは、全然違うって知ってます」
「……え?」
「だって、ヤスタカさんのは痛くないです。それに、とっても優しいんですよ」
ユーヤの言い方からは、嘘も無理をしているようにも思えなかった。変わらずユーヤはやさしいまなざしで恭隆を見つめている。
「……でも、一つ聞かせてください。どうしてヤスタカさんは、拘束がお好きなんですか?」
「どうして、か」
意外そうに、しかしいつかは飛んできそうな質問だっただけに、恭隆は間をおいて話始めた。ユーヤも、話してくれそうだと気配で気づき、口をつぐみ、恭隆の横に座った。
「……俺、三男で兄弟の中でも一番下でさ。黙って兄さんたちの、その、成人向けのものを見てた時があって。いろいろあった中で、一番目が引いたのが拘束ものだったんだ。その時、女性が、縄師とか相手の男性に、全幅の信頼をおいているから出来ることなんだって、強く憧れて。一番下だったから、甘える立場で頼られることはめったになかったんだ。だから、頼られる男になりたいって思いながら見てたら……だんだん、ハマっていった感じ、かな」
恥ずかしがりながらも、恭隆は正直に答えていった。次いで、見ていく中で拘束されている姿が美しく思ったことも、好きになった理由の一つだと、ユーヤに聞かせる。人間でいうならば、まだ未成年で思春期の頃だろうユーヤに聞かせるには早すぎる、とも思った。しかし、本人が聞いてきており、かつ実際にプレイをしているのだから、早いうちに理解してもらうことも必要なのかもしれないと、恭隆は思った。
間に入ることなく、黙っていたユーヤは否定することなく、じっと聞いていた。そして、うんとうなずけば、恭隆に笑いかける。
「分かりました。ありがとうございます、ヤスタカさん。……今日はうんと、『交換条件』満たしてくださいね」
「ん、んん?」
予想外の展開に、恭隆は目を丸くして言葉が出ない。確かに先日『食事』をさせ、まだ『交換条件』は満たしていない。そもそも最近はめっきりやらなくなったから、どの分かも定かではなかった。事件のこともあり、有休を多めにとってほしいと社員の願いもあり、仕事の心配はしなくても問題ない。それに、ユーヤの願いをかなえてあげたい気持ちは山々で、ユーヤの誘いを断る理由もなかった。
「……分かった。今日は。俺の部屋でやろう」
「え、入っていいんですか?」
「その代わり、俺も少し、本気を出す。いやだったら、即、約束の言葉を言ってくれ」
先ほどまでの弱腰はどこへ行ったのか、恭隆の目は急に色めきだし、ユーヤを引きつれ、自室へと向かった。
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