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第5話 地獄への切符

  「おい、店長、こいつと簡易首輪、いくらだ?」    眼の前の男は、騒ぎを聞きつけてやってきた店長に向け、とんでもないことを言い放った。    俺はトロトロに溶けた思考の中、男に命令されるがまま、土下座のような姿勢で男の足置きにされている。  そのせいで視界は床しか見えず、周囲のことは音しか聞こえない状態だ。   「ル、ルナをですか? いやいや、うち、そ、そういう店ではないですよ! もぅ、お、お客様ご冗談が……」   「店長、俺が誰だか知ってるよな?」   「も、勿論ですとも……!」      店長の慌てた声が響く。思えば俺はこの人の名前を知らないなあ、なんて思っていると俺の背に置かれていた彼の足が、タンタンと背中の上で弾む。   「じゃあ、いいだろ? 気に入ったんだ。で、いくら?」 「い、今、計算して来ます!」    俺、買うらしいけど、いくらなんだろう?  なんて呆然と思っていると、背中に乗っていた足が降ろされた。   「月代、」    呼ばれるがまま顔をあげると、男は相変わらず涼しい表情で、俺の頭に手を伸ばす。  くしゃり、と軽く掴まれた髪をそのままわしゃわしゃと撫でた。   「」    褒められた。嬉しい。幸せ。    本能に支配されて、どんどん馬鹿になっていく俺の頭。もう何も考えられなかった。そして、気づけば四つん這いのまま、裏手の駐車場まで歩かされる。    他の客もいるのにも関わらず、 「」と言われただけで、反抗もせず体はすぐ従ってしまう。    そして、裏手の駐車場に停めてあった、高級車の後部座席に乗るよう言われる。   「堺、帰宅するぞ」 「はい、若様」    車には品の良い年老いた運転手が座っており、急に現れた俺に対しても特に驚くことがない。  また、男も運転手のことはそれ以上気にも止めず、俺の方をじっくりと見た。   「メイド服は俺の趣味じゃないんだよなあ、」 「こ、ここで、ですか?」 「なに、口答え? え、 」    ぞくりと身体が恐怖とは違った、駆け抜ける感覚にびくりと身体を反応させる。お仕置きされたい、でも命令されたから言う事聞かなきゃ。   「」    声のトーンが下がる。強い支配欲を感じる声に、俺の身体がゾクゾクと震え、熱が増してくる。酷く熱くなった自分の中心は、既に解るくらいに主張している。    ああ! 駄目だ、従いたい、全部脱がなきゃ。    エプロンを外し、ブラウスの首元を止めているボタンを外そうとする。  頭はうまく回らないまま服を脱ごうとしたせいか、手がうまく動かず、焦燥感のせいで手先から縺れていく。   「そんなこともできないのか」    男は少し笑った。焦る俺が面白かったのか、見上げると男は、にやにやと笑っている。少しごつめの手が伸びてきて、俺の首元に手を掛ける。   「こんなの一瞬だろ?」    ブチンッ!!    ほんとに一瞬だった。襟首を前に引っ張られ、首の後ろに強い力がかかる。そして、ボタンが強く弾け飛ぶ。力づくで、ボタンが外された。いや、引き千切られた。   「ほら」    手が自分の喉元から離れていく。首元の締め付けが無くなり、車の空調が喉から鎖骨あたりに触れる。   「脱ぎやすくなっただろ?」    玩具を壊して遊ぶ子供のような、歪んだ楽しそうな声。   「ありがとう、ございます」    また一つ、この男のヤバさが伺える。俺はお礼をしっかり言って、頭を下げた後すぐに服を脱いでいく。そして、全て車の床に散乱したまま、一糸纏わぬ俺をゆっくり見た。     「首輪、仮だけど着けるか」      男の手には、あの店で売られているプレイ用のちゃっちい首輪。俺も幾度となくオプションで着けられては、外されたものだ。    ダイナミクスにとって、DomからSubへと贈られる首輪とは言わば、結婚で言うところの結婚指輪みたいなものだ。  Domが宣言し、契約書を交わした上でなら、その首輪は効力を増す。    といっても、今着けられたこういうおもちゃの首輪は、効力は見た目だけだ。    本当の首輪は、精神にも影響があると、店の先輩の一人が話していた。    首輪の色は女の子が好きそうな水色、エナメルの鈍い光と内側の白い合皮、止める金具がハートの形、その物のちゃちさを更に感じさせる。    俺の首にカチャリと、男の手で嵌められた。     「だっせぇなあ、やっぱ」    男は首輪と首の間に指を引っ掛けて、ぐっと自分の方へと引っ張る。引っ張られたためキツく絞まる首、男はサングラスを完全に外した。    美しい琥珀色の瞳に宿る強い眼力。  恐ろしいくらいの眼力は、強いDomの証だと昔常連が話していた気がする。    それにしても。    ああ、美の暴力とはこういう人のことを言うのだろう。   「やっぱ、すげぇなあ、俺の見たら、大抵のSubは怯えるのにな」 「そ、うなんですか?」    俺の返答に、美しい琥珀色の瞳は楽しそうに弓なりに歪んだ。   「やっぱ、仮でも、この糞首輪はねぇな、ちゃんとしたの用意してやるか。堺、明日、新宿に行くからな」 「はい、若様」    男は首輪から無造作に手を離した。俺は急に首輪に掛けられていた力が抜けたことにより、車の床にどたんと体が落ちた。   (やばぁ、勃ってる気がする)    首に残る拘束感と窒息感に飢えていた身体、窒息感でぐったりと力が抜けているのにも関わらず、自分の下腹部は興奮のあまりの昂りを強調している。    ガタンッ    車が揺れた。    力の入らない身体は揺れるがまま、男の足の間に思わず体が倒れ込む。男の太ももに頭を置くような体制になった俺は、慌てて身体を起こそうとした。しかし、その前に頭の上にとんっと手が置かれる。   (え)    そして、男は俺の頭を優しく撫でた。   「いい。そのままでいろ」    俺は言われるがまま動きを止めた。      

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