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第13話 法律も地獄仕様
ベランダの影になる場所で、少し小さなピンチハンガーに何箇所も止められて乾かされている麻縄。ゆらゆらと風に揺られる姿は、なんとも言えない間抜けさがある。
「さて、この縄がどんなふうに育つのか楽しみですね。じゃあ、縄が乾くのも相当時間かかるんで、今日はうちの店の貸出用縄で練習しましょうか」
干された縄を満足そうに眺めた店長は、つやつやとした表情で陽彦に提案する。どうやら陽彦に対する緊張ももうなくなったのか、気のいいおっちゃんみたいな面をしていた。そんな店長に対し、陽彦戸惑った顔で口を開いた。
「聞きたいんだが、月代はアレだろ。ここで練習しても良いのか?」
アレ。その言葉に、店長の緩み始めた顔が再度引き攣った。ダイナミクスに対する知識がない陽彦にとって、アレは多分、俺の年齢のことを指しているのだろう。店長は少しの間を空けてから返答する。
「陽彦さん、ダイナミクス法の説明をし忘れてましたね」
「ダイナミクス法……なんだそれは」
初めて聞いたのか驚いたように声を上げた陽彦に、俺は益々不思議が募る。ダイナミクス法は、ダイナミクスを持つ人たちにとって、知っとかなければならない法律なのだから。
「ダイナミクス法は、少し前に制定されたもので、詳しくは後で説明します。その中に、Sub drop等の緊急時、相手との合意証明出来れば15歳以上、未成年にもプレイは適応できるんですよ」
すらすらと説明する店長に、少し驚いたように顔を顰める陽彦は、俺をちらりと見た。そんな陽彦に、念を押すように店長は言葉を続ける。
「だから、未成年のルナちゃんはお客様のご案内中に、たまたまお客様と恋に落ちて、たまたまプレイが必要になっただけですから」
それ以上言及するなよ、と言外に店長の念押しがされる。なんと無理くりな言い訳だと思われるが、未成年で働くにはこれくらい必要な嘘だろう。いつかの社長も、他の客も、この嘘を飲み込んで、ギリギリの範囲で遊んでいたのがよくわかる。
「そうなのか、15歳以上なら問題ないのか。登録もできるのか?」
複雑な心境の俺の横で、陽彦は心なしか元気を取り戻した声で、店長に質問を続ける。どうやら、本当に俺と主従関係になりたいようだ。
「ええ、勿論。15歳以上からは保護者の同意はいらないですし」
「そうか。月代、明日行くぞ」
「はい! ……っじゃなくて、西尾さん、俺、不倫は嫌ですよ!」
陽彦の命令に、危うくそのまま乗せられるところだった。肝心なこと、不倫関係になってしまうことを危惧した俺がそう言うと、陽彦は一瞬顔歪めると、面倒くさそうに口を開いた。
「大丈夫だ、うちの配偶者からは許可されてるからな。というより、離婚秒読みなんだよ」
「それ不倫する人の常套句ですよ!」
不倫を許可されているとは、一体どんな状況なのか。しかも、運命の番だと言っていたはず。
第三の性において、αとΩにはごく僅かな確率で遺伝子上唯一無二の相性の良い番が現れることがある。それは、まるで運命に引き寄せられ、その人以外が見えなくなってしまうくらいのもので、人々は運命の番と呼び、羨んでいた。
運命だなんてロマンチックだと、俺はβながらちょっと憧れてたのに、その運命の番が離婚調停中とは。
平然と信じられないことを言う、陽彦を見ながら、抱いていた憧れを打ち砕いた。
更には、まるで昼ドラで聞くような不倫してる人の常套句を口ずさむものだから、俺はまっさきに噛み付いた。
しかし、陽彦は何も問題はないと言わんばかりに、俺の頭を撫でた。
「安心しろ。本当に、調停も終わって、あとはお互い判子を押すだけだ。それにあっちから申し出た、協議離婚だしな」
「え、お、Ωからですか!?」
「ああ、まあ、養育費は出すから生活には苦労しないだろうけどな」
俺にとっては、今出てる会話は信じられないことだらけ。
確かに、近年Ωの社会地位向上は随分とされたが、やはり家庭に入ったΩはαに囲われることが多く、結局専業になることが多い。
特に、子供が多いなら尚更だ。
それなのにも関わらず、陽彦に離婚を申し出たというのは、金銭面や体力等考えると益々訳がわからず、何があったのかと勘ぐってしまいそうだ。
これを突くのは、藪蛇すぎる。頭の悪い俺でもわかること。
「だから、月代は気にするな。俺とずっと居てくれればいいから。不自由にはしない自信はある」
強く込められた言葉に、ぐるぐる回っていた思考回路が止まり、陽彦の顔に視線を向ける。
やはり自分の体は素直で、これからどんな命令がくるのだろうかと、期待と緊張で胸がバクバクと弾けそうだ。
「だから、大人しく、おすわり」
陽彦の命令。俺はペタンっとその場に座り込んだ。
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