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第14話 地獄の特訓開始
すでに服従状態になった俺の頭を、陽彦は優しく撫でる。その様子を見た店長は、『めらびす』で貸出ししている縄を持ってきた。
「今日はこれで、縛り方を学びましょう。あ、縄のメンテナンスは店長の私がしてるので、品質は安心してください!」
妙にきりっとした表情をした店長は、縄の束を一つ陽彦に渡す。その縄を受け取った晴彦は、俺と縄を見比べたあと、すりっと縄の束で俺の頬を撫でた。俺はその柔らかで滑らかな縄の感触を感じて、びくりと体を震わす。
そして、メイド服の下で、下腹部にある自分の欲が膨れるのを感じた。
「その仕草、いいですね。ルナちゃんは、ハードなのが好きなんで、縄だけでも期待しちゃう子なんですよ」
「へえ」
店長としては褒めた上で謳い文句言ったつもりだったのだろうが、陽彦の出てきた声は随分低い。明らかに少し機嫌の悪くなった様子に、店長は「あはは、では結び方レクチャーしますね!」と無理やり話を進める。
たしかに、これ以上機嫌を損ねて、睨まれたりでもしたら、店長も嫌なのだろう。
なにせ、純粋に生まれ持ったモノならDomとして陽彦に勝る人を、俺は見たことがない。
「初心者はまず、後ろ手縛りをしましょう。
亀甲縛りもいいですが、あれはバランスが難しいのと、なにより拘束感がないのでルナちゃんには物足りないと思いますし」
「月代、お前が好きな縛り方は」
「吊り、ですかね」
「なら、吊りを教えろ」
「初心者には無理です。足し算をわからない人に、台形の面積求めさせるようなものですよ」
後ろ手縛り、背中側で組んだ手を縛り、そこを起点として胸を強調するように縛る方法だ。基本的に、緊縛初心者としては受け側も縛り手も負担が少なくやりやすい縛りである。
たしかに、菱形縛り、亀甲縛りのような体を縛るだけの飾り縄のような緊縛よりも、腕を動かせない緊縛感のほうが好き。
ただ、それなら全身宙に浮き、縄で全身を拘束され、縄の解きや食い込みに翻弄される、吊りのが好きである。
しかし、陽彦は正直初心者であるため、それは求めてはいけないのはご尤もだ。なにより、慣れていない人の吊りは大きな怪我に繋がるし、下手したら死ぬ。
「……チッ。今は後ろ手縛りだけど、いつかは吊りできるようになるからな。いいな、月代」
「はい、俺縛られるのが好きなんで、楽しみにしておきます」
高慢だけど、どこか申し訳無さそうな表情をする陽彦に、俺はそう言って微笑む。陽彦はそんな俺の頭を撫でた。どこか心のなかで、まだ既婚者であることは引っかかるが、それでも身体は素直である。
出会ったときやシてた時の圧倒的支配者としての顔と、今の素直なところのあるギャップと、なんだか目の離せない人。自分の心の中で少しずつ陽彦の存在というものが気になり始めていた。
「二人共大変良い雰囲気で。では、早速はじめましょうか」
そうして、店長の言葉により、緊縛のレッスンが始まった。
「まずは、ポーズを取らせる必要がありますね、命令してあげてください」
「命令……月代、縛るぞ」
「はい!」
俺はとっさに陽彦に背を向けて、背中側に腕を回し、後ろ手を縛りやすい格好をする。実は『めらびす』で働くメイドたちは、ある一定の講習を受ける。
その講習内容の一つに、縛りやすいポーズを覚えるというものがあった。
なので、その講習を受けている俺は、即座に後ろ手縛りがやりやすいポーズができる。これは褒められるポイントだろう、ついついSubらしく褒められ待ちをする自分。少しばかり後ろを向くと、複雑そうな顔をした陽彦がそこにいた。
「これは、Subなら皆できるのか」
「いや、多分、うちの『めらびす』の講習を受けたか、調教済みかのどちらかですね」
「……へえ」
あきらかに機嫌が悪い声に、俺はビクリと体を震わす。やってしまった、怒られる。そう思って、頭から少しずつ血の気が引いていく。
「月代」
「は、い」
「そのポーズ、いつか上書きするから、わかったな」
陽彦はそう言ってしゃがむと、俺の頬にキスをする。そして、俺の首に縄を掛けた。自分の視界に移る陽彦の目は、あの俺を嬲っていた時のDomの目をしていた。ぞくりと背筋が被虐欲で痺れる。ああ、早く、縛ってほしい。
そう蕩けた時だった。
「あ、すみません。後ろ手縛りは腕からです」
雰囲気を容赦なく壊したのは、勿論店長であった。
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