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第3話

「春眞、お前の母さん、連絡がないって心配してるらしいぞ。家の母さんが言ってた。」  4月の終わり、あと少しでゴールデンウィークという頃。春眞と辰巳は、春眞の家でレポートの作成をしていた。ワンルームの部屋の中央にある座卓には所せましと資料や教科書が並べられている。ゴールデンウィー前であることから様々な科目の教授たちは時間があるでしょ、と各自が課題を出したのだ。1科目くらいなら大した量ではないが複数の科目で同時に出されて総合するとまあまあな量になったのだ。 「母さんからの伝言、ゴールデンウィークは帰っておいでってさ。」 「無理だよ、ゴールデンウィークは課題があるし。バイトだって。」 レポートを書く手は止めずに話を続ける。 「お前のバイトって歯科医院だろ。祝日は休みだろ」 「実家じゃ本がないから課題できないよ、今回は無理。」 春眞の言葉に辰巳は笑って答える 「新幹線の人込みが嫌いなんだろ、もしかしたら座れないかもしれないし。」 図星である。別に実家に帰りたくないわけじゃない。しかし、移動が面倒なのだ。チケットは親が出してくれるだろうから問題ないがゴールデンウィークなんて混雑するのは目に見えている。人込みが嫌いな春眞にとってラッシュの新幹線は苦痛で仕方ないのだ。 「母さんには電話するよ。辰巳もこの課題の量じゃあ帰省は無理だろ。一緒に手分けして早めに終わらせよう。そんで家で映画でも観ようよ。」 「そうだな、お母さんからのメッセージくらい返してやれよ。返信も無いんじゃ心配する。」 「わかった。」 春眞はそう言うと早速スマホを取り出し、返していなかった母からのメッセージに返信を返した。ゴールデンウィークに帰宅を促す母へ一言、課題があるから無理。と スマホをしまい改めてレポートに向き合う。 辰巳はこの幼馴染のことをよく知っている。きっとろくに説明や近況報告もせず帰省しない網だけ伝えたのはわかっている。今は課題に集中しているようだから、後で母さんに電話させよう。この幼馴染は1つの事に集中すると他を疎かにしがちなのだ。  数時間課題をし、切のいいところで休憩をいれることになった。 「俺お茶飲みたい。熱いのでよければ辰巳のも入れてくるよ。」 「俺も飲みたい。」 4月の末なのにまだ寒い日がつづいており、冷たいお茶を飲む気にはなれない。どちらかといえば熱いもので体を温めたくなる気温だった。 「実家から色々送られて来たんだ。台湾ウーロン茶、アールグレイ、アップルティー、レモングラスフレーバー、他にもいっぱいある。選んで。」  そう言って春眞は部屋から出てキッチンにむかい冷蔵庫の中からティーパックのセットを取り出して見せた。ジップロックに入ったそれには小分けにされた紅茶がいくつも入っている。紅茶好きの春眞のために親が送ってくれたのだ。 「俺ウーロン茶。ケトルで水を沸かすよ。」 結局、キッチンにやってきた辰巳は春眞の代わりに茶を入れる準備をする。コンロの上の戸棚からマグカップを2つ出し、それぞれにティーバックを入れる。辰巳がウーロン茶で春眞はアールグレイ。  春眞はその横でお菓子の準備をしていた。 「今日バイト先でドーナツもらったんだ。しかも4つも。」 「全部うまそうだな。」 春眞が冷蔵庫から取り出した箱の中には4つのドーナツが入っている。春眞が帰るときバイト先の医院長が持たせてくれたのだ。箱の中は有名なドーナツの店のドーナツが入っている。医院長がデパ地下で買ってきたらしい。 「俺、いいこと思いついた。全部半分こして、色々な味を食べるの」 「いいね、俺もどれも気になるし。」 「んじゃあ、切っちゃうね」  そう言って春眞は包丁を取り出し全部のドーナツを切った。そして2つ用意したお皿に乗せ部屋にもっていく。それに合わせて辰巳もマグカップを両手に部屋へ戻った。  机の上のにあった資料や教科書やパソコンをどかしてマグカップと皿を置きタブレットとテレビを接続して動画を見始める。 「ちょっと休憩したら課題の続きをしよ。夕方までには解剖学の課題は終わりそうだね。そしたら後で晩御飯を買いに行こう。春眞は何が食べたい?」 「俺、今日はスンドゥブチゲ食べたい。でもあんまり辛すぎるのは嫌だ。」 「じゃあ今日はスンドゥブチゲだな。豆腐いっぱい入れよう、そしたら安くて腹もふくれる。」  2人はしばらく茶をしながら休憩し、どちらからともなく勉強を再開した。 もくもくと紙に鉛筆を走らせ、外が薄暗くなってきたころ課題を終わらせ買い出しへ行った。 近所のスーパーへ行き材料を買い春眞の要望のとおりスンドゥブチゲを作り2人で鍋をつつく。  タブレットをテレビにつなぎなんとなしに動画を流す。別にどっちもテレビを観てはいない。なんとなく静かなだけの空間は嫌でBGMとして流しているだけ。次々と再生される動画は自動で選ばれた無作為のもので興味も関心も薄い。 「解剖学の実習あったじゃん。実はその時蓮に会った。」 「え、、蓮って佐藤 蓮?中学の時の?」 春眞は世間話でもするように急に言い放った。 「そう、それで。その時は何もなかったんだけど。その後偶然会って、話す事になって。中学の時の事ごめんって言ってた。」 「なんだそりゃ。そんなのおかしいだろ。ごめんなさいで終わる事じゃない。」 「けど俺はもう蓮と関わり合いたくないんだ。だから、気にしないでって言っちゃった。」 春眞の言葉を聞いて辰巳は驚いた顔をした後、怒りをごまかすようにごはんをかきこむ。 「あいつ、またお前に絡んでくると思うぞ。何となくそう思う。気をつけろよ。」 「嫌な予言だなあ。でも、うん。気を付ける。」

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