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第5話

そういえば課題として提示された実験でやっていないものがあったな。  歯科理工学の演習中、パソコンにこれまでのデータをまとめながらふと思い出した。  ちらりと周りを見ると皆、データをまとめていたり、実験の途中で一緒に実験してくれる人はいそうにない。班で唯一の技工科仲間の和田君はさっきお手洗いに行った。お手洗いと言っていたが、たばこ休憩に行ったのはわかっている。部屋を出ていくときにフリースのポケットにたばこの箱を入れていた。たばこ休憩に行くとあいつは確か長いので実験は一人でするか。  席から立ちあがり、実験の用意をする。実験データの記入用に実験ノート、ペン、実験器具を出して、パソコンは汚れるかもしれないからかたずける。ストップウォッチがちゃんと動くかボタンを押して確かめてみて、あとは実験材料を用意して手順通りに作って、それが何分で固まるか調べるだけ。でも、時間の計測と実験器具の操作は一人じゃできない。やっぱり誰か声をかけようかと部屋を見渡す。 「春眞、今から実験?俺も手伝うよ。」 そう言って蓮が春眞の近くにやってくると実験器具をセットし始める。 「あぁ、ありがとう。」 「春眞は時間を計測して、俺は器具操作するから。」 そう言ってシンクの方へ行き材料の準備を始める蓮に続き春眞もシンクの方へ行った。  「じゃあスタートって言ってな。そしたら材料混ぜるから。」 材料を準備し終わったらしい蓮に声を掛けられる。 「いくよ、スタート。」  そう言ってストップウォッチを押した。 蓮は春眞の合図に合わせて材料を混ぜ合わせている。 材料ができたら席について器具に材料をセットして実験を開始する。 「1分経過、変化なし。」 蓮が言う。それを春眞は紙にメモをする。 これを30秒ごとに行うのだ。実験はなかなに忙しい。 そんな調子で30分が経過し実験は終了した。 「お疲れ、ありがとう。一人でやろうと思ってたから助かったよ。」 ストップウォッチを首から外しながら蓮に言う。 「いいよ、皆でやってる実験だし。」 ちょうどタイミングよく授業の終わる時間になり各自がかたずけを始める。 春眞も机の上にあった筆記用具や使用した器具を片付ける。 「重いだろ、それ俺が運ぶよ。」 両手いっぱいに器具を持った春眞の腕から器具をいくつか奪い蓮が先を歩いていく。 「待ってよ、そのくらい持てるよ。」 「落としたりしたら始末書だぞ。」 笑いながら蓮が言う。 春眞は連の後に続き隣の保管庫へと足を向けた。隣の保管室は少し埃っぽく、5月なのにじめった空気が充満していた。春眞はさっさと器具をかたずけると足早に部屋を出た。  実験室へ戻るとちょうど班の全員が集まっていた。 「あ、2人ともありがとう。器具重かったでしょ。」 班員の1人の女子が言う。 「いいよ、どうせ隣の部屋だし。」 笑いながら蓮が言う。女の子は蓮と話しを続けたいらしく話を続けようとした。 春眞は教室に入ってすぐにシンクへ向かい何やら掃除をしている。水垢が気になるらしい。 「でも助かったよぉ、私じゃあ重くて運べなかったから。」 「いいよ、これくらい。」 蓮は端的にそう言うと春眞を追いかけてシンクの方へ向かった。 「春眞、俺も手伝うよ。その器具片付けるね。」  蓮はそういうと春眞が洗っておいた実験器具を近くに掛けてあった布巾で拭いて棚に戻していく。  春眞は短くありがとうと言うと違うシンクの掃除に行こうとする。 「春眞、今日この後講義とか無いよね、一緒にレポートの作成しない?」 とても行きたくない。けれどこれを断っても一人でレポートを完成させるのは難しい気がする。春眞は答えにまよって思案する。 「いいね、皆でやろう。複数でやった方が早く終わるだろうし。」 「いいですね、私もこの後予定とか無いしぃ。」 「どうせだから班の皆でやろう。皆時間あるよね」 春眞の言葉に異論を唱える者はいなかったが、春眞と2人でやりたかった蓮は少し不服そうに参道するのだった。  実験の授業が終わり班メンバー全員で大学近くのショッピングモールに来ていた。大きなテーブル席のあるファミレスに入り席に着く。 春眞はソファーの席の端っこに座った。すると隣は蓮だった。蓮の隣には件の女学生が座っている。初めに自己紹介をしたが名前は憶えていない。彼女はどうやら蓮が気になっているらしいし放っておいたら蓮を構い倒してくれるだろう。和田は春眞の前に座っている。 「A材料の実験結果、誰か持ってない?僕B材料とC材料の結果持ってる。」 「俺持ってるよ、実験ノートはこれね。データは入力し終わってるから持っていっていいよ。」 「ありがと。てゆーか字汚いね、喜舎場君。意外だよ。」 実験ノートを受け取った和田はノートをパラパラと捲り声をあげた。それは以外にも大きな声で皆に聞かせているようでもあった。 「いやー悪筆なんだよね。読めなかったらごめん。解読がんばれ。」  このいがぐり頭め。春眞は内心で悪づいた。和田はよくこうして春眞に突っかかってきた。それはたまに行われることでそのたびに春眞は、和田の頓着していなであろういがぐり頭を全部引き抜いてしまいたかった。  合同実験だから各自で行った実験を班で共有して各自がレポートにして提出する。それが今の春眞には煩わしくて仕方なかった。 「まずは注文しようよ、これじゃあ無賃利用だよ。」 「そだね、俺メニュー見たい。」 他の皆はもう何を注文するか決めたらしい。メニューを受け取りざっと目を通した。 「皆ドリンクのセット付けるでしょ。春眞ゆっくり選びなね。」 「蓮、俺本日のランチってやつにする。」 隣でタッチパッドを操作し注文をしている蓮に声をかける。 「本日のランチね了解。」 食事はすぐ来て、皆早々に食べ終わった。 食事が終わってすぐ実験ノートやパソコンを広げレポートを製作し始める。  春眞は実験の合間に実験データを入力しておいたのですぐに文書の製作に移れた。  目的を書き、実験方法は最初に配られたレジュメの文を参考に書く。実験結果は先に入力しておいたものを張り付けて、問題は考察と参考文献。教科書では普通材料Aは右下がりのグラフになるはずなのそうなっていないから参考文献を探して。材料Bはグラフがおかしいから入力の確認。他にも教科書通りの結果でも文献を探してなんでそうなるのかを書いて。それらを全部メモして付箋紙に書いて実験ノートに書いていく。 「その付箋紙のメモって材料Aの事だよね。確か参考図書でそれについて記述がある本を読んだことあるな。」 付箋の文字が目に入ったらしい蓮が声を上げる。 「マジで、どの本?読んでみる。」 「表紙は憶えているんだけど、名前がわからないんだよな。明日当たり図書館で探そう。俺明日は放課後なら空いてる。」 「じゃあ明日の放課後に図書館に集合で」 話の流れでつい春眞は答えてしまった。

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