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第14話

「!?あがッ、」 顎を掴まれ目一杯こじ開けられる。 頭蓋が狭く顎が尖った、陰惨なご面相がうっそり迫る。 酷薄なブルーグレイの虹彩はおろか、舌に彫られた髑髏の刺青までハッキリ見える至近距離。 生温かい吐息が顔をなで、不快感と恐怖を煽る。 咄嗟に顔を背けかけるも、顎を力強く締め上げられ正面に固定される。 「オス、成犬。推定年齢20歳、体長5フィート6.93インチ、体重130ポンド。体毛はダークブタウン、瞳も同じ。モンゴロイド系イエローの雑種。やや栄養不良で痩身だが健康状態に問題なし。特記事項は……」 俺の顎を掴んだのと反対の手で眼鏡の弦を摘まみ、素通しのレンズをべたべたさわって指紋を付けまくる。 と、顔の上を滑った指がずぼりと口に嵌まる。 「!?んーッん゛ーッ!!」 無遠慮に突っ込まれた指が口を蹂躙。歯茎の張りを確かめるようになぞり、舌を引っ張って伸ばし、エナメル質の歯の一粒一粒を指で転がす。 人に触らせたことなんか殆どねえ、敏感な粘膜をこねまわされて酸欠の苦しみに唾液があふれる。ぶっとく汚え指……甲に毛が生えてるのを確認し猛烈な吐き気がこみあげる。 「じっとしてろ。噛んだらお仕置きだ」 頬の内側の潤んだ粘膜をこそぎ、歯を裏から押し、下顎と上顎を一周。 「ん゛ん゛ッ、げほっ」 唾液が逆流して噎せる。苦しい。死ぬ。息が吸えねえし吐けねえ。左奥の臼歯を擦られて「んあ゛ぅぐ」と呻きが濁る。 ダドリーが俺の喉を覗き込み、扁桃腺の色と腫れを観察。小鼻を蠢かせ、かすかに渋面を作る。 「ちょっと赤みがかってんな。歯も黄ばんでる……煙草やんのか」 顎を掴まれた状態で答えられるわけがない。 当て推量で勝手に納得、唐突に突き放す。口腔からしとどにあふれた唾液がぼたぼた柄シャツに染みていく。 「度は入ってねェ……伊達か。視力にゃ問題なさそうだ」 意味がわからない。悪ふざけも大概にしろ。腹の中で激しく罵倒するも、口に出さず我慢する。後ろ手にロープをキツくかまされ、這い蹲った状態じゃ勝ち目はない。 拘束された上で首謀者の機嫌を損ねるのは得策じゃない。 マンホールを出るところであっさりとっ捕まった俺は、その後子分に挟まれ、バックヤードの最奥の納屋に引っ立てられた。そこは広く奥行きがあり、檻が無数に並んでいる。 待ち合わせ場所とは随分離れちまった。 ダドリーは場違いに豪勢な肘掛付きのソファーに腰かけ、地べたに這わせた俺をじっくり値踏みする。 俺は息も絶え絶えに掠れた声を絞る。 「何の真似だよ……」 「見てわからねえか、健康診断だ。ウチに妙な病気持ち込まれちゃ困るから新入りにゃ徹底してる」 「はっ……ヒトを畜生扱いたァ完璧イカレてるね」 玉座にふんぞり返ったダドリーが口の端をねじるように嘲笑い、見せ付けるようにゴツいブーツを履いた足を組み替える。 唾液まみれの指をこともあろうに俺の頬になすって拭き、粘着な筋をひく。 「その訛り……チャイニーズか。ジャパニーズやコリアンとも迷ったが。黄色いのはどれも平らで見分けが付かねェから困る」 平然と差別発言をかまして頬杖付き、威圧的に見下ろしてくる。 「中国産の犬は現在確認されてるだけで6種いる」 「知るわけねえ」 「お前の国の犬だぞ?」 とんでもなく非常識な馬鹿の如く蔑まれ、反感がもたげる。 「犬なんてキョーミねえし……生まれも育ちもこっちで国なんて一度も帰ったことねえよ。顔の似た|異邦人《ストレンジャー》扱いがオチだ」 祖国のことはほとんど知らない、誰も教えちゃくれなかった。 呉哥哥もこっち出身だし、あの人だってそうだ。 「シーズー。シャーペイ。チャイニーズクレステッドドッグ。チャウチャウ。パグ。ペキニーズ。全六種だ」 誰も頼んじゃねえのに指折り数えクソ嫌味ったらしい能書きをたれるダドリー。 専門的な知識をご開陳されても、感心すりゃいいのかあきれりゃいいのかリアクションに困るばかりだ。 俺の知らねえ犬の名前を流暢に諳んじてから、うっとりと虚空を見据える。 「本当はシーズーが欲しかったんだ。漢字じゃ|獅子吼《シーズークゥ》……ライオンシャウトだ。イケてるだろ?長い毛と大きな目が特徴のチャーミングな表情に加え、気質が安定していて飼いやすい愛玩犬。社交的で愛嬌があるのも魅力だ。ルーツはチベット原産のラサアプソと中国のペキニーズ。宮廷の飼い犬として可愛がられ、振袖にもぐりこむ芸を覚えたんだとさ」 そこで一区切り、残念そうな表情を作って俺の髪を一房摘まみ上げる。 不気味なほど優しい手付きにぞっとする。 「お前はシーズーって感じじゃないな。毛並みの色はシャーペイだ。コイツは砂のようにざらざらした皮って意味で、あっちじゃ食用や番犬、闘犬として飼育されてきた。冷静で落ち着きがあり、あまり感情を表に出さない。身内には愛情深いが仲間と認めなけりゃ敵愾心と闘争心をむきだしにする。当たっているか」 「的外れだよお喋りめ」 存在すら知らなかった犬にたとえられ、得体の知れない気味悪さが押し寄せる。 ダドリーは犬の話になると止まらなくなる。 殆ど瞬きもしねえ完全にイッちまった目付きで、舌をフル回転させて、あちこちに唾をとばしてとめどなく捲し立てるのだ。お付きの子分どもも引き気味。 ていうか、なんでこんなヤツに従ってんだ?弱みでも握られてんのか。 後ろ手にふん縛られて身動きできないのが辛い。 手首を落ち着きなくもぞもぞさせて、せめて虚勢を張って笑い飛ばす。 「そんなに犬が好きならコードネームに入れりゃよかったろ。なんでコヨーテなんだ」 一呼吸おき、ダドリーが口を開く。 「お前は知ってるか。谷の噂を」 「谷?」 ダドリーがひび割れた唇をキュッと引っ張る。 郷愁と感傷が綯い交ぜとなり、ひどく老成した陰影に隈取られた表情。 「コヨーテアグリーと呼ばれる谷だ。そこは遥か遠い昔からインディアンの聖地であり、罪人の風葬の地だった」 「聖地で風葬すんのかよ?」 「不浄な場所だからこそ信仰の対象にして浄めたんだ。子どもの頃、一回だけそこへ行った。親父の付き添いで、犬を買いに行った帰りに立ち寄ったんだ。俺達は先祖代々、闘犬を育てておまんまを食っている。優れた種を残すオスがいれば東へ、優れた子をなすメスがいれば西へ……コヨーテアグリーはちょうど通り道だった。次いでに観光、程度の軽い気持ちだった。俺は親父が運転するトラックの荷台で、犬の檻を見張っていた。いっとう小さい檻を抱え込んで、たえまない揺れから守っていた。中に入っていたのは生後数か月の子犬だ……親父が大金と引き換えにようやく手に入れた、血統書付きのな。十代前まで遡れる闘犬の家系で、極め付けに優秀な血が流れてたんだ。コイツは将来有望だ、たんまり稼がせてくれる、うちも安泰だとハンドルを握る親父はご機嫌に高笑い。だが物事はうまくいかねえ。カーブにさしかかったとき、タイヤが石を踏んで大きく弾み、俺は檻をおっことした。檻ははねて、中の犬ごと崖の下へ転がっていった」 ダドリーの顔が苦々しげに歪む。 「何度も鉄格子に叩き付けられたってのに、なんと犬はまだ生きていた。殆どぺしゃんこに潰れ、脚も折れて瀕死の状態。闘犬としちゃ役に立たねえくたばりぞこないだ。親父はトラックを止めて叫び、俺は荷台でぽかんとするっきゃない。そこへ連中がやってきた」 「だれだ」 刹那、ダドリーが目をひん剥く。 ぎらぎら濡れ光る眼球がせりだし、わななく手が何かを掴むよう宙に翳される。 その目は今ここじゃない何処かを幻視し、過去へと遡って激情に燃える。 まるで悪霊の大群でも映しているように。 口角で白濁した唾液が泡立ち、振りかぶる手の震えが大きくなる。 「陽炎の向こうから砂煙をたてやってくる……犬に似て犬じゃねェ、もっと別の何か、ぎらぎらと邪悪な……コヨーテの群れだ!頃合いのエモノが放り込まれたもんで、わんさと押し寄せてきやがった!奴等はくたばりぞこないの犬ころを囲んで……じわじわと詰め寄って……ああ、思い出しても興奮する。犬はぴくぴく痙攣していた。最初の一匹がとびかかり、二匹目、三匹目が続く。断崖への激突と落下の衝撃で鉄格子は最初からねじくれていたが、コヨーテの牙と爪がさらにそれをひん曲げて拡張し、遂に咥えてひきずりだす。キャンキャン啼き狂ってたのが嘘みてえに次第に大人しくなって、ヒァンと息の音だけになる。なぶり殺しだ」 想像して胸が悪くなる。 なんでコイツ、自分が守れなかった犬の死にざまを嬉々として語るんだ?罪悪感はどうした。 ダドリーが椅子に深く身を沈め、額に浮いた汗を子分に拭かせる。 「親父にゃこっぴどくやられたよ。だが俺は……あの光景が忘れられなかった。くっきりと瞼に焼き付いて離れなかった。生きながらコヨーテに貪り喰われる子犬……骨と肉を噛み砕かれ、ズタボロに引き裂かれて……凄惨な最期だった。あとから思ったんだ、アイツは谷に捧げられた供物だと、最初からああなる運命だったんだと」 ダドリーが感に堪えかね語尾を震わす。 「谷底に落下した檻がひしゃげ、ひん曲がりへし折れた鉄格子から犬がひきずりだされる一部始終を見て、股ぐらが痛てえほど猛った。精通の瞬間だ……夜寝る前に何度思い返してしごいたことか……」 強く、猛々しく、誇り高い。 ダドリーはコヨーテを理想化し、自らと同一視した。 心酔する対象に近付く為なら手段は選ばず、いくらでも非情に、狡猾になれた。 コヨーテ・ダドリーが異常に発達した犬歯を剥き、禍々しく邪悪に笑む。 人間にはありえない捕食動物の形状……肉体改造を施したのか。 「業突く親父がくたばって家業を継いだ俺は、満を持してコヨーテ・ダドリーを襲名した。犬より強く犬を喰らうけだもの……それが俺様だ。この牙と爪は犬より強く、固く、鋭い。由緒正しいインディアンの聖地に無垢なる生贄を捧げてコヨーテの化身に生まれ変わったのさ。力を得る為の通過儀礼……闘犬の中の闘犬、高貴なる血統の|裔《すえ》は尊い|犠牲《ヴィクテム》さ」 不慮の事故で荷台から転がり落ちた檻と、コヨーテの餌食となった犬の末路。 子ども時代の強烈なトラウマが、歪んだ人格の基盤になってるのは胸糞悪い思い出話でよくわかった。俺にゃ一切関係ねえこった。 目の前の誇大妄想狂は、てめえがマジにコヨーテの化身にして生まれ変わりだと信じ込んでやがる。 風葬の谷に生贄を捧げ、全ての犬を屠り従える力を得たと思い込んでる。 限りなく狂気に近く強固な信仰心。 コイツの魂もまた、呪いの磁場が発生するコヨーテ・アグリーの餌食となったのだ。 恍惚たる追憶の地平から現実に立ち戻り、足元に突っ伏す捕虜の存在を漸く思い出したダドリーが囁く。 「賞金稼ぎか、お前」 「…………」 「俺が狙いか」 「それ以外にあるか?」 「仲間は」 「…………」 「下水から単独で……なんて、望み薄な無茶やらかしたんじゃねえよな。連絡取り合ってるツレがいるはずだ。そっちも潜入済みか?」 「…………」 「全裸にひん剥いてケツの中まで調べてもいいんだぜ。序でに剃ってやる。陰毛もダークブラウンか。シャーペイのように皮までたるんでるのか。かぎ針を刺して引っ張って、どこまで伸びるか試そうか」 じわじわと身に威圧が染みてくる。 異様な存在感に生唾を呑む。 コヨーテ・ダドリーは瞬きが極端に少ない無表情の瞳に、侮蔑の念を宿してこっちを凝視する。 恐怖の源泉となっているのは言葉が通じないが故の脅威、ディスコミュニケーションに起因する混乱。 ダドリーはこっちを対等の存在と見なしてない。犬か家畜か……それにも劣る捕虜として扱っているから、意志疎通が全く成り立たない。 脅しだとわかっていても、おそろしい提案にヒュッとタマが縮む。 ダドリーなら眉一筋動かさず実践しかねない不吉な予感が、じわじわと緊迫の水位を上げて俺を圧する。 「仲間はどこだ」 ダドリーが辛抱強く尋問する。 俺はだんまりを決め込み、俯く。頭の片隅を相棒の消息が掠める。 スワローは今頃どうしてる? 段取りが順調なら、とっくに待ち合わせ場所に着いてるはずだ。 仲間を売るか? どうせ利害の一致で束の間組んだだけの間柄、信義を貫くにゃ値しねェ。あっちも俺のことなんかどうでもいいだろうし、俺だって…… 「!ッ、あ゛」 「客にまぎれて入ったか、子分を買収したか……手はいくらでもある、腐るほどある。単独で潜入した?まあ、その可能性もないとは言えない。だがお前は非力で貧弱だ、とてもじゃないが腕がたちそうにゃ見えない。切り札を隠してんのか?」 頭皮を剥がされるような衝撃と激痛。 ダドリーが俺の前髪を掴んで手荒く揺さぶり、視界が上下にブレる。 歯を食いしばって暴虐に耐えるあいだもダドリーの手は激しさを増し、髪の毛がブチブチ抜ける。 「その根性は褒めてやる。だが愚かだ。お前はもう俺のモノ、俺のイヌだ。よく考えろ、このうえ主人に逆らって得があるか?仲間はどこだ、何人だ、どんな奴だ。洗いざらい吐け」 俺の髪を掴み、ぐっと引き寄せる。 毛根を遡る激痛に堪えきれず悲鳴が迸る。 視界が赤く灼熱、しまいにゃ生理的な涙まで滲んできやがる。 コヨーテ・ダドリーは、この手の拷問にひどく手慣れてる。折れたらそこで負け、利用価値がなくなりゃあっさり処分される。 スワローを売った所で、助かる道は皆無だ。 苦痛で朦朧とする頭で必死に損得勘定を働かせ、弱々しく首を振る。 「いねェ……よ。仲間なんて、いたことねェ」 そうだ。 友達も仲間も、俺にはいねェ。 そんなふうに呼べる存在に心を許したことは、一度もねェ。 最悪のタイミングで呉哥哥の憎らしい面が過ぎり、続いてスワローの嫌味ったらしい笑みが浮かぶが、キツく目を瞑り感傷が生んだ残像をシャットアウト。 「旦那、コレ」 後ろ手に縛り上げられたせいで自由が利かずもどかしい。子分の一人が俺の体をまさぐり、懐の地図を引っ張り出す。 それを見たダドリーの目の色が豹変、愉快げに唇をめくる。 前髪を吊るされた激痛に片目を眇める俺へと、広げた地図を突き付ける。 「コイツはなんだ」 「……見てわかんね?下水網の地図だよ」 「なんでお前が持ってる」 「水道局で借りた」 「デタラメだな」 髪に加わる握力が増し、視界が真っ赤に燃え上がる。 撓んだ鼓膜に近く遠くダドリーの声が響く。 「スラムの下水網は無法地帯、途中で金が尽きりゃ工事の中断や放棄も当たり前。加えて言うなら、アンデッドエンドの行政はとんとお粗末だ。連中がスラムの正確な下水図を把握してるたァ思えねえし、仮に地図に起こしてた所で、一般人に毛の生えたただの賞金稼ぎにおいそれと貸しだすわきゃねェ。世の中渡るにゃコネとツテが肝心だ」 腋の下に冷や汗をかく。 よそから移ってきたばかりで市政に明るくねえスワローはごまかせたが、スラムの水を飲んで育ったダドリーはだませねえ。 下水道の地図を水道局から借りたなんて口からでまかせだ。本当は呉哥哥が裏で手を回してゲットした。 工事を受注した業者は既に倒産、下請けの失業者が小遣い稼ぎに地図を流したんだが、蟲中天との接点がバレるのがいやで、説明を端折ったツケがまわった。 地図を取り上げられて慌てる俺を眺め、ダドリーが声を低める。 「ただの賞金稼ぎじゃねえな。何者だお前」 意訳すりゃ「どこが噛んでる?」だ。 有能な情報屋を飼っていても、複雑に分岐したスラムの下水図を入手できるかどうかは別物だ。利権も入り組んで尚更ややこしい。 回答に思い巡らし、切れ切れの吐息のあいだで強がる。 「……買いかぶりどうも。期待を裏切って恐縮だが、どこにでもいるありふれた賞金稼ぎだよ。バウチにのっかったこともねェ」 ダドリーが鼻白む。頭皮が燃える。前髪を鷲掴まれ、額をさらけだされる。 筆舌尽くしがたい激痛に脂汗が滲み、「あッあぐ」と、仰け反る喉から勝手に呻きがもれる。 あの人にも髪の毛を掴まれて引きずり回されたことがあった。 別にこれ位どうってこたねェ、余裕で耐えられると自分に言い聞かせる。今は髪が短い分、マシだ。 始まった時と同じ唐突さでぱっと手が離れ、支えを失った体がずしゃりと突っ伏す。 顎が床に当たって一瞬意識が拡散、ブレた焦点を前方に収束させる。 ダドリーがおもむろに立ち上がり、黒革のベルトに手をかける。 金具の擦れ合う音に続き、緩んだ腰回りからベルトが引き抜かれる。 「!!ッあ゛、」 一撃目がきた。 猛然と風切る唸りを上げて、ベルトの先端が上腕を打擲。 激痛が爆ぜる。 ダドリーが腕を振り抜き、ベルトが鎌首もたげて撓い、肩口と二の腕と腰を立て続けに殴打。後ろ手に拘束されたせいで、身を庇う術とてない。 「あッ、痛ッぐ、ァぐ」 体中至る所で激痛が爆ぜ、猛烈な火照りが生じる。皮膚が裂けて血が滲み、傷口が赤く腫れ上がる。 「啼け」 夢中でベルトを振り抜く腕に筋肉が隆起、青い血管が醜くのたくる。舌を噛みそうでろくすっぽ喋れない。 「いでぇ、やめ……」 男は凄まじい勢いで、俺を鞭打ち続ける。 太腿にベルトがあたって悲鳴がでる。何度も痛みが炸裂し、だんだん頭が痺れていく。ベルトが頬を掠って薄皮を切り裂く。額が切れて血が滴る。後ろ手にギリギリ食い込んだロープが痛い。 おもいっきり頭をたれて、服従を誓う犬のポーズをとる。慈悲を乞うんじゃなく、この姿勢が一番身を守りやすい。背中と尻は多少皮が厚いから、打たれても幾分マシだ。経験則で身にしみてる。 「はッ、あ」 顎先で結んだ汗が滴り、水たまりを作る。ぐっしょり湿った前髪が被さって気持ち悪い。 厚い皮で出来たベルトが、ヒステリックに全身を打ち据える。尻をひっぱたかれてビクリとする。 煮え立ち渦巻く坩堝の奥、被虐の官能がさざなみだって股間に熱を注いでいく。痛覚と快感の境目が曖昧に溶けだし、互いに浸蝕し合ってずぶずぶにぬかるんでいく。 意識が朦朧としてきた。ヤバい兆候。 「力一杯鞭打てば、大抵の犬は言うことを聞く」 「あッぅあ、あァッ、ひぅッ」 尻を突き上げて突っ伏す。ベルトの鞭が臀部を力一杯打ち、肉を通した衝撃が背骨に響く。 「あァッ!」 ケツの穴がキュッと締まり、絶頂するように仰け反る。 ジンジン疼き痺れる背を狂おしく伸び縮みさせれば、俺の反応を見、臀に狙い定めて集中的に。 甲高く乾いた音が連続。ベルトでくりかえし打たれた尻が、窄まりの奥へと衝撃を響かせる。往生際悪く這いずる膝が片方抜け、へたり、半身を傾がせて息をする。 「うぅっ……ふーッ」 縛り上げられた手指を開閉。汗ごと握りこんで今にも飛び散りそうな理性を繋ぎ止め、粘っこい涎を啜り上げる。 折檻の時間は無限に引き延ばされる。鞭打ちの拷問。 できるかぎり身を丸め、肩を窄めて身を守る。 ベルトが肩をぶち、腕をぶち、腿をぶち、尻をぶち、爆竹に似た激痛が炸裂する。 全身に燃え広がる痛みが鈍く疼く余韻へ代わり、肌がひりひりする。 『疼!』 「淫蕩に喘ぐじゃないか」 ダドリーの目が悦びに濡れ光り、股間が勃起し始める。醜悪な光景。喉元に酸っぱい胃液がせりあがる。 やがて鞭打ちだけでは飽き足らず殴る蹴るに及ぶ。 「げほっ!」 鳩尾に爪先がめりこみ、体がはずむ。靴裏で肩をねじられ、削れる痛みに涙が出る。 子分どもはにやにや笑って眺めるだけだ。 もう何度目かしたたかベルトに打たれ、屈辱と憎悪に軋る声で唸る。 「だ、から、言ってんだろ。全部、俺ひとりで、やったことだ。ダチなんか、いねえ、よ」 ダチなんかいねえ、一人もいねえ。 ずっとそうやって生きてきたし、これからもずっとそうやって生きていく。それだけだ。それが俺だ。それしか生き方を知らない。 よせばいいのに、自暴自棄になって続けざま口走る。 「群れなきゃなんもできねェ、お前たァちがうんだよ。何がコヨーテ、だよ。ぼっちじゃ狩りもできねェくせに!」 一際強く振られたベルトが俺の鼻先の床を穿ち、硬直。 やっと終わった?体中がジンジンする。肌が腫れ上がって、服との摩擦が痛い。ズレた眼鏡が鼻梁にひっかかって邪魔くさい。 「はっ……はっ……」 びしょぬれの髪の隙間から前を睨み、苦労して息の仕方を思い出す。 奥歯に力を入れ過ぎて、顎の強張りがなかなかほどけない。脂汗と涙でぼやけた視界が、次第に正常な輪郭を取り戻していく。 自分の体がどうなってんのか、確かめるのが怖い。息を吸うたび腹筋が不自然に引き攣れて、赤く這い回るみみず腫れが新鮮な疼痛を生じる。 完全にへたばって、がっくり頽れた俺の前にブーツが来る。 伏せった姿勢から見上げれば、ダドリーが、いた。 さっきまで狂ったように振り回していたベルトにどうしても目が行く。 ダドリーが片膝付き、俺の目と平行の位置にベルトを掲げる。 「!ッ、待、おいっ」 無造作に手が伸びて、強引にズボンを脱がされる。下着もセットだ。素足にひやりと外気が触れて毛穴が縮む。 後ろ手に縛られたままじゃ大した抵抗もできねえ。両足をМ字にし、膝裏にベルトをくぐらせて固定すりゃ閉じれなくなる。 「何すんだよ離せ……」 膝に噛まされたベルトが痛い。閉じようと暴れてもびくともしない。 俺を取り囲む子分どもが、下卑た笑みと口笛で囃し立てる。 「大股開きでイイかっこだな」 「ちょっと勃ってねェか?恥ずかしい汁がてっぺんにしみでてるぜ」 下半身をひん剥かれ、ベルトで開脚を固定された上、視姦の恥辱に震えだす。 裸の股ぐらがスース―して、ひどく心もとない。 「……変態野郎」 内腿と下腹に走る真新しいみみず腫れが、呼吸と発声に連動して伸び縮みする。 賞金首には性的に倒錯した手合いが多く、レイピストにサディスト、ネクロフィリアがうじゃうじゃいる。 他人をいたぶって気持ちよくなる人間にとって、性別はおまけでしかねえ。下品な言い方をすりゃ、突っ込む穴がちがうだけだ。俺もその手の変態にゃうんざりするほどお目にかかった。ぶっちゃけトチってヤられかけたことも、結構な割合ある。 「ペニスの毛もダークブラウン……地毛か」 「るっせえよ、どうでもいい。俺の股開かせてナニする気だよ、タマと竿見て楽しいか」 ベルトを噛まされて下肢を開かれた拘束感は凄まじく、不自由さが絶望感を掘り下げる。 引き攣りがちな笑みで挑発するも、拘束された下肢の鳥肌と震えが止まらない。 ダドリーが唇をなめ、指を咥える。 高音域の指笛が響くや否や、奥から弾むように駆けてくる一匹の犬。屈強な体躯の大型犬だ。 じゃれ付く犬の頭をなでながら、ダドリーが無関心な一瞥をなげてくる。 「しゃぶるのとぶちこまれるの、どっちがいい?」 一瞬、意味がわからず呆ける。理解したのはたっぷり五秒経過後だ。 「冗談だろ……」 弱弱しく首を振る。 ダドリーは逃げを許さず、淡々と畳みかける。 「犬の射精は長いぞ。挿入後は連続で出し続ける、それだけメスが孕む確率が上がる生存戦略だ。ペニスの根元が瘤のように膨らんで栓をするんだ。直腸で出されりゃ中は酷い下痢と同じ状態になる。ケツが裂けて腹を壊すのは間違いねェ」 「獣姦はお断りだ、しゃぶるのもヤられんのもごめんだね」 「じゃあ両方だ」 俺に決定権はない。拒否権もない。選べなければ、両方される。 「オス同士なら孕みゃしねえ、一度ハマりゃ病み付きになる。ヒトとは比べ物にならねェ位すんげえぞ」 「経験者は語る、か」 「そうだ」 耳を疑う。 ダドリーが犬を抱き寄せ、わざとらしく頬ずりする。 「親父はとんでもねェ酒乱のクズで、しょっちゅう癇癪おこしちゃ俺を丸裸にひん剥いて納屋に連れてきた。納屋にゃでっけェ檻があって、そん中に犬がいた。親父は俺を、その檻にほうりこんだ。躾だ、仕置きだとほざいて……去勢もしてねェ、さかりの付いた犬と一緒に。どうなるかわかんだろ」 「…………」 「最初は抵抗したさ、キズだらけでな。しかしちびで痩せっぽちのガキに何ができる?組み敷かれて、噛まれて、突っ込まれて……鉄格子を掴んで泣き叫ぶ俺を見ながら、酔っ払った親父は笑ってたぜ。そりゃ楽しそうにな。で、酒をかっくらいながら、てめえのイチモツを出してしごくんだよ。犬にケツ掘られて泣いてる息子をオカズにな。鉄格子の間に突っ込んで、カマ掘られてる俺にしゃぶらせたこともあったっけ」 「…………」 「地獄だろ」 壮絶な体験を感情と切り離して語り、場違いに優しく微笑む。 大型犬の生臭い息がかかり、顔を背けたくなるのを必死に我慢すれば、ダドリーの手がシャツの合わせに潜り、俺の乳首をやさしく抓る。 「こちとら親父の歪んだ躾のおかげで、犬とヤるよさに目覚めちまった。少なくとも臭ェイチモツ食わされるよかずっとマシだね。14の時、その日も裸に剥かれて檻にぶちこまれた俺は、わざと親父を呼んだんだ。父さん、しゃぶってやるよって……親父は疑いもせず、へらへらしながらやってきたよ。酔っ払ってたんだろうな……鉄格子の間に、すっかり勃起したペニスを突っ込んで」 俺はそれに、犬をけしかけた。 けしかけて、食いちぎらせた。 「死因は股間がズタズタに裂けた末の失血死。親父の腐り抜いた変態ぶりを知ってた近所の連中はあっさり納得したよ……残された倅と犬を哀れみこそすれ、ろくに調べもしなかった。おかげで家土地財産がまるっと手に入った。あの頃から犬は俺の味方、いや……下僕だった。コヨーテの加護を授かった俺は、てめェの上で腰振る犬を調教して、ろくでなしを始末するよう仕向けたのさ」 ダドリーの言葉は、呪いだ。脳味噌を汚染する、憎悪の浸透した呪詛だ。 コイツはけだものとヤることをなんとも思っちゃない。 ガキの頃に、とっくに壊されちまってるのだ。 「ッ……」 乳首を抓る指が甘い痺れをもたらす。 強弱付けて念入りにこねまわされ、胸の突起が赤く尖る。 「犬とヤるならかわいいしっぽを生やさなきゃな」 ダドリーが翳したてのひらに、子分が恭しく献上したモノを見て、喉が窄まる。 ふさふさのしっぽ付きのアナルパールだった。

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