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第28話

プッシーキャット・マクガフィンはいい女だ。 「あぁっ、いい、もっとォ―!」 スワローは女が好きだ。 ぶっちゃけてしまうと、大好きだ。 女はいい、柔くて熱くてジューシーだ。なにより可愛がれば可愛がったぶんだけこたえてくれる。自分の性的嗜好をあらためて検証したことはないが、ヘテロセクシャルかバイセクシャルか問われたら来る者者拒まずヤリ逃げ上等と開き直る。 性別は関係ない。 気に入ったヤツに求められればこたえるし、それが上でも下でも構わない。 どちらかといえば抱く方が性に合うが、抱かれるのもたまになら悪くない。子供の頃はいっちょ前に野郎なんて冗談と吹かしていたが、レイヴンとの一件からこちら躊躇いはキレイに吹っ切れた。むしろアレがきっかけで無節操に拍車がかかったといっていい。 自分と兄の貞操を脅かした変態絵描きにはいまだ殺意しかないが、守備範囲を広げてくれた一点だけは感謝してやってもいい。 ナイフに処女膜を切られた悪夢は他の竿で上書きする。 どのみち前立腺でイく快感を知ってしまったら元には戻れない、ならば両刀の悦びを味わい尽くさなきゃ損ではないか。フィストとスカ以外という条件付きではあるが、ベッドの上にこうるさいタブーを持ち込むのは興ざめだ。 どこまでも反抗精神旺盛なスワローは、セックスに味をしめた頃からモラルなぞ知ったことかと過激なプレイに挑戦し、女、ならびに男を悦ばせるテクニックを磨き上げた。 セックスに理屈はいらない。 頭をからっぽにして楽しむのが勝ちだ。 「あッあぁッ、いいっ、そこぉ」 組合から差し向けられた女賞金稼ぎは、プッシーキャット・マクガフィンという冗談みたいな名前だった。ケバい顔立ちの美人で、いかにも男好きのする雰囲気。女の武器を頼みに世の中渡ってきたタイプだ。 スワローの読みは正しく、二人は出会ったその日の夜に関係を持った。 最初はうまくいった。 スワローには前科がある。彼女の前にきた賞金稼ぎ連中とはいずれも喧嘩別れに終わった。最短三時間、最長五日の付き合い。 スワローにも言い分はある。連中はそろいもそろってクソ使えない雑魚どもだった。 無能な上にスケベときて、尻をさわったり内腿をまさぐったり、卑猥なからかいをしてくるのは日常茶飯事。 スワローよりほんの数年、あるいは十数年か二十数年長く賞金稼ぎをやっているというだけでいばりくさって、やれ煙草を補充してこいメシを買ってこいと人を顎で使おうとする。 デビューしたての新人、しかも十代半ばという破格の若さを侮って、ここぞと先輩風を吹かすアホの顔を立ててやる義理はない。 挙句「俺の女にならないか」だの「新米の取り分は二割」だのオツムの沸いたことをぬかしやがるもんだからかっさばきたくなるのは当たり前だ。 尻を揉まれた時に腱を切らなかったのを感謝してほしい位だが、スワローの慈悲を理解しない愚か者どもは、「野良ツバメにやられた」とさも被害者ぶって欠けた親指を見せびらかす始末。 「いっそマスもかけねえカラダにしてやりゃよかった」 「なに考えてるのスワロー」 俯いた頬に手がかかる。 行為を中断して見下ろせば、プッシーキャット・マクガフィンが息を荒げて訊いてくる。目には悪戯っぽい疑問の色。 「前の連中のこと」 「敵の真ん前にケツ蹴り出したんだっけ?いい気味」 「弾除け程度は役に立ったな」 「全治三か月はやりすぎじゃない?大っ恥かかされて、賞金稼ぎとしちゃ廃業よ」 「引退を繰り上げてやったんだよ。アイツらは前座、主役は俺様。才能ねェ奴あ引っ込んでろ」 「だからハメたの?」 プッシーキャットの問いに冷笑で返し、髪をかきあげて耳朶に囁く。 「連中は踏み台だよ、ヤング・スワロー・バードに天下をとらせるためのな」 連中は全員ハズレだった。 とんでもない貧乏くじを掴まされたと、不運を嘆いてみせても後の祭り。そこでスワローは考えた。 ただ問題を起こしてコンビを解消するだけじゃ面白くない、こちらに何も利益がない。組まされた以上は最低限役に立ってもらおうと企て、ある者はだまし討ちでおとりにし、ある者には間違えたフリで切り付け、ある者は敵の銃口の前に蹴り出しと、きちんと元をとってきたのだ。 そう、スワローがただの問題児なら世間もこうまで騒がなかった。はみ出し者の寄り合い所帯とされる組合ではトラブルが後を絶たず、賞金稼ぎ同士の揉め事も頻発する。 「連中ときたらッたく頭が悪いぜ。ひとを偵察にやって見張りの数と巡回場所が違うって、デマこいたんだから当たり前だろばーか」 ヤング・スワロー・バードあらためストレイ・スワロー・バードが、ブラックリスト入り間近の要注意人物としてマークされる真の理由は、彼の存在が賞金稼ぎのタブーを犯しているから。 「おいしい牧草地をひとりじめするために群れを滅ぼす黒い羊、もとい黒いツバメってわけね」 賞金稼ぎは基本フリーで活動する。 だからこそ他人と組む際は協調性や信頼関係が重んじられる。 裏を返せばいくら生活態度が悪くともノルマさえちゃんとこなせば一定の評価をもらえるわけだが、仮の相方を仕事中に謀り何度も殺しかけたスワローの言動は、個人の悪評にとどまらず業界全体の信用問題、ひいてはイメージダウンに直結する。 「もとから群れて飛ばねえよ」 しらけて鼻を鳴らすスワローをおかしげに笑って、首ったまに抱き付く。 「|色仕掛け《ハニートラップ》も使ったの?」 「おだてりゃ楽勝だったな。いいとこ見せてくれたらオンナになってやってもいいぜって、こーやって首に腕かけて色目使ったら即オチよ。あっけねェの……そんなに組み敷きやすく見えんのかね、この俺が」 「死ななかったのはラッキーね」 「悪運が強ェんだよ、どっちでもよかったのに」 心底興味なさそうに言い放ち、恥毛が湿った股間をくすぐって、トロリと濃厚な蜜を指に絡める。 「イカレてるわね、アンタ」 自分の命にすら執着のなさそうな酷薄さが、危険な色香となって漂い出す。 プッシーキャットとは体の相性もぴったり、張り込みの間中ヤりまくって退屈しなかった。 「あッあぁっふあっやぁ―――――――」 優しい手付きで脚を掴み、赤く熟れた陰唇に接吻。固く芽吹いた花芯を鼻と唇で舐め転がせば、透明な蜜が滴り落ちる。 「中、ぐちょ濡れだ」 女のアソコはバターの匂いがする。汗と愛液が混ざって蒸れた、独特の匂い。 チュッチュッと突起を吸い立て、丸く窄めた舌先を膣へ挿れれば、プッシーキャットが官能の喘ぎを上げてシーツをかきむしる。 クンニリングスを覚えたのは七歳の時だ。 母がしてるところやされてるところをさんざん見てきたから、なにをどうすればいいかは最初からわかっていた。相手は行きずりの町の女で、終わった後にロリポップを恵んでくれた。 おもえば、アレが初めての売春だった。 「あッあぁ、いい」 「感じてんの?さかりの付いたネコみてーな声あげてさ」 「じらさないで挿れて、待ちきれない」 感じすぎてわけわからなくなってる顔が征服欲と嗜虐心を焚き付ける。 プッシーキャットが切なげに甘え、スワローの唇を割り、舌を入れてくる。唾液を捏ねる淫猥な音が響き、名残惜しげに舌がぬかれていく。 「ねえスワロー……あの話、考えてくれた?」 スワローは顰め面を作る。 「またか。ノッてきたのに萎えさすなよ」 「私は真剣よ。悪い話じゃないでしょ、カラダもそれ以外も相性ぴったり、公私ともに最高のパートナーになれるわ。組合もたまには粋な采配をするじゃない……運命がどうこうほざくのはバカっぽくてやだけど、お互いフリーの身の上で出会えたのはコンビ結成しろって思し召しじゃない?」 熱っぽくかきくどく女にウンザリする。 一旦行為を中断、ごろんと横たわる。 「猫は群れるの嫌うんじゃないっけ」 「使えるヤツなら組んで狩りをするわ」 「お眼鏡にかなって光栄至極」 「茶化さないでよ」 枕元の箱をさぐり、煙草を一本咥える。 片膝立て紫煙を燻らすスワローの横顔を見上げ、全裸にシーツを纏ったプッシーキャットは不服げに口を尖らす。 「アンタと同じよ、バカで無能な役立たずは願い下げ。パートナーを選ぶならベッドの上でも下でもイケてる男でなくっちゃイヤ。アンタは若いけど頭がキレるしナイフの腕前も上々よ、一回ためしてみたって損はないでしょ」 「ためしてんじゃん現在進行形で。何が不満だ?」 プッシーキャットはいい女だ、それは認める。体の相性もよく機転が利くし|格闘術《キャットファイト》もこなす。しかしプライベートにまで干渉されるのは面倒くさい、ほんの数回寝たからとオンナ気取りで束縛されるのもウンザリだ。 情が強いのは嫌いじゃないが、独占欲が前に出すぎると興ざめだ。 そろそろ切り時か。まあ暇潰しにゃなったな。 生返事でテキトーに流すスワローを睨み、プッシーキャットが呟く。 「……お兄さんのこと?」 煙草で口に栓をし、ぶすっと押し黙る。 勧誘を受けるのは初めてじゃない。おふざけをくわえれば腐るほどだ。 そのたび先約があると断ってきたが、下剋上の響きにロマンを感じ、略奪に燃えるタチのプッシーキャットはまるで引き下がらない。 足るを知らないふしだらなメス猫は、一度狙いを付けた獲物に異常な執着を示す。 「足を引っ張るだけの身内なんて忘れちゃいなさいよ」 プッシーキャットが色っぽい流し目をおくり、スワローにしなだれかかる。微笑みをかたどる唇が、ほんの僅か苦い回想に歪む。 「この際だからハッキリ言わせてもらうけど。賞金稼ぎとして上をめざすなら、余計なものは切り捨てなさい。名前が売れたら厚かましく借金申し込みにくるわよ、賭けてもいい」 「はっ、逆はあってもそりゃねえな」 彼女にとって過去は呪わしいものでしかない。 プッシーキャットの生い立ちをピロウトークで聞かされたスワローは、胸にもたれる女を邪険に押し返し、きっぱりと断言する。 「俺は誰とも組む気はねェ」 アイツ以外の誰とも。 どんないい女もいい男も、たった一人の兄に及ばない。 「……言ってなさいよ、今に気が変わるから」 「どうだかな」 「スワロー、アンタはわかっちゃない。この世間が、賞金稼ぎって因果な商売がてんでわかっちゃないわ。ビーバースプリングブラザーズは知ってる?報酬を奪い合って弟の頭をかち割った……フォックステールシスターズは?追っかけてた賞金首と妹がデキて、姉をハメたのよ。気の毒に、妹の偽情報を鵜呑みにでかけていったモーテルで扉を開けるなりズドン。妹とそのイロは、姉の身ぐるみひっぺがして逃走資金にあてたのよ。親子兄弟なら信用できる?冗談よしてちょうだい、血の繋がりなんて何の意味もない、くそったれた足枷よ。ゴッドタンベアーはどうなの、ロクデナシのヒゲもじゃ男。女の子の首を絞めなきゃイケない変態をとっ捕まえる為に、まだ14の自分の娘をオトリにしたの。段取りに手違いがあって、乗り込んだときにはヤリ殺されてた……絞めてはちょっと緩めるくりかえしで何時間も苦しませるのがヤツの手口。気の毒な娘の顔は、毛細血管が破裂して赤黒く腫れてたそうよ。親は平気で子供を食い物にするし、兄と弟は依頼の取り分を巡って殺し合うわ。割り切って付き合える、赤の他人の方がまだマシじゃない」 デビュー間もないスワローでも知ってる、血縁関係にある賞金稼ぎの名前を列挙し、かすかな幻滅のまなざしを向けてくる。 それでも気のない素振りを貫くスワローににじりより、真剣な声色で噛み含める。 「人質にとられた愛人を娘の前で撃ち殺した外道もいた。娘はショックで施設送り……賞金稼ぎが所帯を持ったらおしまいよ、結局みんな不幸になる。弱みを増やしたっていいことないわ」 スワローを真っ直ぐ見据え、囁く。 「らしくないわよスワロー。アンタはもっと自由じゃないの?」 足手まといさえいなければ、もっと自由になれるんじゃないの? スワローは何も言わず灰皿で煙草を揉み消し、そっけなく呟く。 「誰と飛ぶかは俺が決める。詮索すんじゃねえよ」 てんでわかっちゃねえのはてめえのほうだ、|プッシーキャット《売女》。 それ以来、スワローはプッシーキャットを避けるようになった。 張り込みの為に借りてる安アパートの一室、一日中顔を突き合わせてればどうしても色っぽい雰囲気になるが、シャワー上がりの誘惑をそっけなくあしらって、下着姿でもぐりこんでくれば入れ替わりに起きだし、雑誌を読んで暇を潰した。 されども寝取りの天才はただでは引き下がらない。 「はぁ……見てスワロー、こんなにドロドロよ……」 プッシーキャットは彼を振り向かせようと必死になった。 ツマらなそうに雑誌を読み飛ばすスワローの前で、大股開きでオナニーをするプッシーキャット。 クリトリスを指圧して膣をかきまぜ、指に絡んだ粘液を見せ付ける。束ねた指をじゅぽじゅぽ出し入れすれば、しとどに愛液が滴って、陰毛が先細りに尖る。 「あァんもう限界こっちきて、溢れちゃいそ……私のここに入れたくない?」 じれったげに腰を揺らす女を徹底的に無視、大あくびをかましてベッドに戻る。 目の前を素通りするスワローに、プッシーキャットは唖然とする。 女には不自由してない。代えはいくらでもきく。もとよりプッシーキャットとは遊びだった、深い仲になる予定はない。 「明日は作戦決行。遊んでねーでととと寝ろ」 背中を向け毛布をひっかぶる。ギシ、床が軋む。背後で立ち上がった気配……続いて歩み寄り、狂った節回しで唄いだす。 「ロンリー、オンリー、ストレイ、スワロー……」 とうとうおかしくなったのか? 薄目を開けて確認すれば、プッシーキャットがベッドの端に腰かけ、虚ろに宙を見据える。 「……そんなにお兄さんがいいの」 「さあな」 「離れて暮らしてるんでしょ、一緒に活動してないじゃない」 「そのうち帰ってくる」 「どうかしらね……都会は誘惑が多いわよ。今頃アナタのことなんて忘れてよろしくやってるんじゃない?」 プッシーキャットが情緒不安定に笑い、ハンドバックから取り出した束をばら撒く。写真だ。 「バンチの編集部に友達がいてね。アナタを追っかけまわした|無礼な記者《パパラッチ》……覚えてる?」 いきなりどうした? 話の方向が見えず、好奇心に負けて寝返りを打てば、プッシーキャットが一枚の写真をもてあそぶ。 「カメラ壊されかけたってすごい怒ってたわ」 「嗅ぎ回られたらキレんだろ」 「こないだ会ったとき序でに頼んだのよ、ストレイ・スワロー・バードの兄貴のこと知りたいって。さすが記者、性格は難ありでも取材力は一級品。たちまち報告を上げてくれたわ」 スワローの眼が物騒に据わる。 「……兄貴のこと、チクったのか」 「アンタね、自分のおかれた状況わかってる?バンチのルーキー部門堂々一位、いま注目の若手筆頭。賞金稼ぎが屯する店へでかけてごらんなさい、寄るとさわるとストレイ・スワロー・バードの話でもちきりよ。おまけにルックスも上等ときたら、記者連中がほっとかないでしょ。よく行く店に抱いた女、好きな服のブランドに靴のサイズ……あっというまに根掘り葉掘り調べ尽くされて丸裸。身内の素性が暴かれるのも時間の問題」 いけしゃあしゃあと言い放ち、手中の写真をさしだす。スワローが驚愕に目を剥く。 その写真には、スラムの孤児院で子どもたちと遊ぶ兄の姿があった。 写真は他にも何枚かあり、いずれも日常を映したものだ。 孤児院の庭先で子どもたちと追いかけっこする姿や、市場に買い出しにでた姿もある。 しばらくぶりに目にする兄は、スワローの見たことない顔で笑っていた。 のほほんと幸せそうに。 「仲良さそうね……こっちは神父さん?」 マニキュアを塗った指先が滑り、教会の入口でピジョンと談笑する神父を示す。 漆黒のカソックに身を包む男が、ピジョンの肩をなれなれしくさわって話しかけている。 ピジョンのまわりにはわらわらとガキどもがたかり、手やら裾やらを引っ張っている。 「すっかり馴染んでるじゃない」 神父に頼りにされて、子どもたちに懐かれて、ピジョンはいかにも人がよさそうに笑っていた。 その時になって初めて、ピジョンの笑顔をまったく思い出せなくなってる事実に気付く。 スワローが覚えているピジョンは仕方なさそうな苦笑いが常で、弱りきっても困りきってもないこんな風に自然な笑顔はめったに見ない。 これが本来のピジョンなのか。 アイツは俺がいなくても、いや、ひょっとしたら俺なんかいないほうがフツーに笑えるのか? 「アナタがいなくてもへっちゃらみたい。かえって生き生きしてるわよ」 スワローの動揺を見透かすように囁いて、眼前に写真を突き付ける。 「そろそろお兄さん離れしたらどうなの」 「誰がブラコンだって」 「だってそうでしょ、口を開けば兄貴兄貴ってちょっと異常よ。現実を見なさいスワロー、アンタが待ち焦がれてる兄さんは弟のことなんか忘れて家族ごっこに現を抜かしてるわ。コレ撮った友達が言ってたわ、張りこんでた数日間、ピジョン・バードは外部と連絡をとらなかったって。一回もよ?離れて暮らしてる弟が心配なら手紙や電話の一本よこすでしょ、それもナシなんて冷たすぎる。バンチを読んでりゃ弟がアブないことしてる想像付くのに、ずうっとシカトきめこんで、取って付けたような嘘くさい団欒を楽しんでるのよ。見なさいよこの顔、しまりなく油断しきった笑い、幸せそうに腑抜けた笑顔……」 うるさいうるさいうるせえ。 神父に向ける信頼と尊敬のこもった微笑、子どもたちを見守る大人びた表情……どれもスワローがまったく知らないピジョンだ。コイツは人の輪の中にいるのが似合うと痛感、神父を見上げるはにかみがちな笑みには父性への憧れが滲んでいる。 コイツが例の師匠? ピジョンに狙撃を教えてるってあの? 二人の仲は師弟以上に親密に見え、胸が不穏にざわめく。 年上の包容力に惹かれているだけだと無理矢理納得しようにも、スワローの知らないピジョンの顔が、兄の肩を抱く手がそれを邪魔する。 「だからなんだってんだ、もとからこんな顔だよ。アイツはいま修行にでかけてたんだ、あのままじゃとても使い物になんねーかんな。帰ってきたらちったあマシになってんの祈るぜ」 「本当に帰ってくるかしら?そう思ってるのはアナタだけじゃないの?」 わざと挑発的に語尾を上げ、ピジョンの顔を弾く。 「賞金稼ぎはアナタの天職かもしれないけど、彼にはどうかしら」 「何が言いてえ」 「無理矢理巻き込んだんじゃないの?」 プッシーキャットの目が狡賢く細まる。 「賞金稼ぎの地位とか名声とか、この子がそんなもの欲しがるようには思えないんだけど。私もね、この写真を見るまでは正直疑ってかかってたわ。修行先でオンナ作って遊んでるとか、随分酷いことも言った。でも彼の場合は……」 意味深に言葉を切り、一呼吸おいて。 「いい加減お兄さんを自由にしてあげたら、スワロー」 あきれ気味のその一言は、プッシーキャットに放たれたどんな皮肉よりもスワローの心を抉った。 「私たちとは真逆の人種よ。退屈で平凡な、ありきたりの人生に充足するタイプ。成人したら真っ当な仕事に就き、正常位しか知らないようなオンナと恋に落ちて結婚し、浮気なんかせず子どもを可愛がり、たくさんの孫に囲まれて老いて死んでいく。きっといいい旦那、いいお父さんになるわね」 賞金稼ぎにいちばん不向きなタイプねと告げて写真を伏せる。 「それともなあに、あなたの尻拭いで一生終わらせる気?この写真を見たらなにが彼にとって幸せかわかるじゃない、気の毒だけど向いてないわよ賞金稼ぎなんて。無理に道を捻じ曲げても早死にするだけ……それでいいのスワロー、たった一人のお兄さんでしょ。彼から奪った時間を返してあげなさいよ」 「アイツはテメエの意志で賞金稼ぎになった」 「兄弟ならうまくいくなんてデタラメよ、最後は必ずナイフを抜く。間違った道に引き入れてしまった時からそうなる運命なの」 ねえスワロー、こっちを見て。 私を見て。 限りない悲哀をたたえた瞳でスワローの眼の奥をのぞきこみ、呟く。 「アナタは彼を殺す」 キレたらなにをしでかすかわからない野良ツバメが、いちばん近くてうるさい身内に優しくなれるはずがない。 「兄弟同士で殺しあった賞金稼ぎをいやってほど見てきたから断言するけど、アナタはきっとお兄さんを手にかける。自分の思い通りにならないのに腹を立てて、喉首をかっ切るの」 おいピジョンてめえと話してるそのアホはだれだ、一体全体だれの許しを得てくっちゃべてってやがんだ?笑うな見るな感じるな、お前は俺だけ見てりゃいい。写真を見ただけで凄まじい嫉妬に狂うのだから、実際目にしたら殺していたかもしれない。 瞼の裏が灼熱の赤に染まり、脳髄がジンジン痺れる。 プッシーキャットがこちらに手をさしのべ、うなだれたスワローを抱き締める。 「お兄さんがよろしくやってるならおあいこよ。この街にはほかにもたのしいことがたくさんあるの、損はさせないから乗り換えましょ……」 ピジョン。 俺の小鳩。 この売女は、お前を馬鹿にした。 なんにも知らねえくせになにもかも知ったふうな口ぶりで、この俺がお前を殺すとのたまいやがった。 俺にはお前しかいねえのに、そのお前を。 女の柔肉を貪りながら倒れ込み、もう片方の手を後ろに回して柄を絵を掴む。プッシーキャットは快楽を貪るのに夢中で気付かない。 虚ろに微笑み、おもむろにナイフを抜く。 「い゛ッ……あ?」 戦慄に目を剥く女の下顎にナイフを擬し、鋭利な刃をほんの少し回して皮膚を切る。 「俺がアイツを殺すって、本気で言ってる?」 「待っ……」 首元に刃が食い込み、皮膚が切れて血がでる。 恐怖に慄くプッシーキャットをやさしく脅し、片手で股間をまさぐる。 「へえ、こんな時でも濡れんのか。便利な|女陰《プッシー》だな」 プッシーキャットの股ぐらはすっかりぬかるんでいた。この分じゃ前戯もいらない。手間をかけてやる義理もない。 「やめてスワロー……あっちへやって……」 「実の兄貴を殺せんなら、遊びで寝た女なんざどうでもいいだろ?」 ツ、と縦一直線にナイフを滑らす。 切り裂かれた皮膚にうっすら血が滲み、プッシーキャットが嗚咽をもらす。スワローはナイフを持ち換え、寝かせた刃を持ち、固い柄の先端をヴァギナに突っ込む。異物が挿入される激痛にプッシーキャットが悶え、シーツをかきむしって絶叫する。 「あァあっ、あァ―――――――――――――ッ!!」 シーツを掴んで仰け反る肢体を乱暴に揺すり立てる。 熟れた女陰は根元まで深々ナイフを咥え込み、紛れもない絶頂へと駆け上がる。 柄を伝った蜜に手首まで濡れそぼるも冷めた表情は変わらず、時に捻りを咥え、時にリズミカルに押し込みナイフで犯しぬく。 「あッやッそんなッ、やぁっ痛ッぐやめてスワロ、固いのがゴリゴリ当たって、あァッ!」 「めちゃくちゃ感じてんじゃんマゾ女。無機物で犯されんの好きなの?」 女体の反応を嘲笑い、白濁の糸引き抜けたナイフを持ち直し、乳房の上へ翳す。 「あ……や……」 プッシーキャットが弱々しく首を振る。 シーツでナイフを拭いて雑に浄めたスワローは、愛液にまみれた股間を一瞥、唇をねじって吐き捨てる。 「こんな穴、挿れる価値もねえ」 「おこ、ってるの……お兄さんを悪く言ったから……」 スワローは軽薄に肩を竦め、片手のナイフをくるくる回す。 「よく聞けプッシーキャット・マクガフィン、俺とアイツは番だ。あのグズが今どこにいてなにしてようが、俺たちゃ一緒に飛んでんだ。アイツの人生を奪った?上等だよ。俺とアイツを引き裂くくそったれた運命なんざ何度だって力ずくで捻じ伏せて捻じ曲げてやる、兄弟同士で殺し合うかもしれねえからなんだってんだ、それはアイツを手放す理由にゃなんねーよ。アイツの代わりなんざどこにもいねえ、アイツは極め付けにロクデナシな俺の神様だ。いくら汚しても汚したりねえ、死ぬほど抱いても抱きたりねえ、この腐りきった世の中で一等マシなもんだ。それをテメエごときが語るな、はかるな、貶めんな。アイツのことをわかった気になっていいのはこの世でただ一人俺だけだ、俺たちゃ互いの首ねっこに喰らい付いてる生まれ付いての番なんだよ」 |ラバーズ《恋人》か|キラーズ《兄弟殺し》かどちらか選べと言われたら、スワローはそんなふざけたことをぬかす神様とやらをブチ殺す。 「テメエはピジョンをコケにした」 スワローはピジョンを愛している。 故に兄への侮辱は許さない、絶対に。 プッシーキャット・マクガフィンは取り返しの付かない過ちを犯した。 わざわざ友人に撮らせた写真まで持ち出してプライベートを暴き、アイツが自分の幸せを一番に考え弟の存在を切り捨てられるような、その程度の俗物だと決め付けた。 ピジョンが本当にそんなヤツならどれだけよかったか。 スワローが代わりに怒る価値もないクズだったら、復讐を代行する価値もないゲス野郎だったら、お気に入りのナイフを汚さずにすんだのに…… それよりなにより、不愉快なモノ見せやがった罪はデカい。 怯えきって口も利けないプッシーキャットを組み敷き、耳朶に手を添えて安全ピンを外す。 「アンタはピジョンに手ェ出した。俺だってガマンしてンのに、アイツの周囲にパパラッチを差し向けて、パシャパシャ盗み撮りやらかした」 スワローだって今すぐ会いに行きたいのを我慢してるのに、この女とそのダチは、修行中のピジョンを晒しものにしやがった。 「おしおきしなきゃな」 切っ先に息を吹き、ねっとり舌を這わせて消毒。 唾液に濡れ光る先端を、尖りきったクリトリスへと近付ける。 「や……なにす……」 「暴れんな」 固く勃起したクリトリスを、鋭いピン先が刺し貫く。 「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッあ!?」 プッシーキャットが声にならない声で悶絶、恐怖と激痛に失禁。 クリトリスを貫通した安全ピンを軽く弾いたスワローは、小便くさい女陰にちょっと顔を顰め、血が滲み出す陰核を丁寧に舐め転がす。 「あッあぁ、痛ッあふあ」 ピンを小刻みに引っ張って苛めば、たるんだ陰唇が愛液にぬる付く。 不規則に痙攣する内股を固定し、再びナイフを構え直すや、豊満な乳房の上半球にゆっくり切っ先を埋めていく。 「リラックスしろ。愉しめよ」 ピンクゴールドの前髪がかかる双眸が、真っ赤に輝く。 「やっ、やだスワロ……ごめんなさい謝る、もうアナタにもお兄さんにも近付かないって約束する、相棒にしてくれなんて言わない、だから」 縛られてはない。 殴られてもない。 逃げようと思えば逃げれたが、真っ赤に燃える目に至近距離で覗き込まれ、全身の筋肉が言うことを聞かなくなる。 蠱惑的な微笑みを浮かべる瞳が。 魅了の極意に通じた唇が。 嗜虐の愉悦と結び付く壮絶な色気が、もたらされた痛みと恐怖を凌いで余りあるマゾヒスティックな官能を喚起し、女の魂ごと縛り付ける。 「悪魔……」 ナイフの切っ先がわずかに沈み、プツリと裂けて血の雫が膨らむ。 赤い目のままうっすらと微笑んで、スワローは言った。 「よく知ってんじゃん」 プッシーキャット・マクガフィンはいい女だ。 スワローにしてみれば、どうでもいい女だ。

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