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9 変わらぬ関係

(はぁー、しんど。パワハラだろマジで)  営業先の顧客からの無理難題を思い返し、溜め息を吐く。寮の一階にある自動販売機にはビールも売っているので、一本買って共有スペースで開けた。  共有スペースにはソファーの他、大型のテレビが置かれている。テレビ目的の多くはスポーツ観戦だ。 「勝ってる?」 「負けてる。木村が打たなきゃ終わりだ」  野球観戦中の寮生に混ざって、興味もないテレビを眺める。野球は観るのもやるのも好きじゃないが、営業の引き出しにはなった。  一人ビールも寂しいので、なんとなく混ざって雑談に応じる。皆、俺よりテレビに夢中なので、適当に相づちを打てばよかった。 「あ、良輔」  一人の声に、入り口の方を向く。廊下を歩く良輔が気がついて、こちらにやって来た。風呂上がりだったらしく、肩にタオルを掛けている。 「おー。野球っすか?」 「ああ。良輔、この前欲しがってたヤツオレ買ったからさ、あとで取りに来いよ」 「マジすか? ありがとうございます」  横目でチラリと、良輔を盗み見る。屈託ない笑顔で接する様子を見るとつくづく思うが、良輔は人当たりが良いせいか、可愛がられていると思う。シャイな性格だから、数は多くないが、少数に愛情深く接して貰えているようだ。 (本当に、俺とはタイプが違うな)  そう思えば、よく俺なんかとつるんでいると思う。同期で同じ寮だと言っても、タイプも趣味も合わないのに。  同期入社は九名ほど。うち二人は辞めてしまった。そのうち、夕暮れ寮に入ったのが四人。  声をかけてきたのは、良輔だったはずだ。きっかけは覚えていないが。それから、良輔と同じ部署の星嶋もつるむようになって、同じ同期なのに誘わないのも悪いね、となって榎井もつるむようになった。まあ、榎井は気にしなかったと思うが。  俺が営業に配属されて、良輔が資材に配属されても、関係は変わらなかった。  今も――。  良輔と、目が合う。 「渡瀬、何本目?」 「まだ一本目」 「付き合うよ。俺の部屋で飲み直そう。ツマミあるから」 「じゃあ、行く」  ソファーから立って、良輔に続く。  多分、良輔は、俺が野球をさほど好きでもないことも、あの先輩たちとそれほど親しくないのも知っていて、誘ったんだと思う。そういう奴だ。  良輔との関係は、寝たあとも変わらない。 「この前、地元の友達が送ってきて」 「へー、良いじゃん」  やっぱり、地元でも人気者なんだな。俺にそんなことをしてくれる友人とか居ないし。  考えてみれば、社会人になって初めて、俺は友人と呼べる人間が出来たかもしれない。その友人を誘ったのは、良くなかった判断だろうか。やはり、裏アカがバレたのは良くなかった。  良輔に促され、ラグの上に座る。良輔の部屋は半分溜まり場になっていて、小さな折り畳みテーブルがあった。良輔はテーブルの上に、ビールとツマミを出してくれる。 「カキのアヒージョだって? へー、気が利いたツマミじゃん」 「……そうだな。結構良いもの貰っちまったから、何か送ろうと思うんだけど。何が良いと思う?」  プルトップを開けながら言う良輔に、俺は「うーん」と唸ってビールを啜る。 「やっぱ、落花生とか?」 「そうなるよな」  こっちの名産品となったら、落花生くらいしか思い付かない。俺もさほど詳しくないのだ。 「俺の場合、手土産は羊羮かどら焼きだな。あれ美味いよな」 「あそこのどら焼きはマジで美味い」  良輔はどら焼きを思い出したようで、顔を緩める。今度買ってきてやろうかな。  アヒージョをつつきながら、良輔が口を開いた。 「今度、同窓会あるってんで、地元帰るんだけど」 「へー。いつ?」 「……確か、来月。お前は、同窓会行かないの?」 「行くわけねえ。そもそも、お知らせが来たこともない」 「……マジか」  お知らせが来たとしても、行く気はサラサラないのだが。何度か住所が変わっているし、名字も変わったのでおそらく行方不明になっているんだろう。連絡は来たことがない。 「何で行かないの?」 「お前、そういうとこあるよなー。別に嫌なわけじゃねーけど。多分、俺より周りが気まずいはず」 「何で?」 「何人かヤったから?」 「――」  ケラケラ笑う俺に対して、良輔は真顔だった。笑い話にしてるのに、マジにならないで欲しい。 「冗談?」 「まさか」 「……それは、男と?」 「まあね」  俺が男と寝ているという話は、地元じゃ割りと有名だった。誘拐事件以来、その手の噂が立って、実際に「そうなのか」確認したがった同級生相手に、何度かそういうことをしてやった。  好奇心と、俺を馬鹿にしてそんなことを言ったのだろうが、全員俺の上で腰を振ったのだから、笑えるってヤツだ。あいつらは皆、穴兄弟だって解っているから、俺のことなんか思い出したくないだろう。 「……地元は嫌いなのか?」 「どうだろ。まあ、良い思い出はねーけど」  そう言いながら、手元に視線をやる。何でこんなこと、話してるんだろう。地元の話なんか、したくないのに。この前だって、急に誘拐されたときを思い出して。 (ああ、良輔が、心配したから)  先日、良輔に「誘拐されたらどうする」と心配されたから、急に思い出したんだ。そんなもの、何でもなかったことのように通りすぎて来たのに。 「まあ、この話は、良いだろ」 「……ああ」  良輔も気まずそうだった。 (良輔は、心配するんだな)  俺のことは、両親も心配しなかった。心配してくれる人間の少なさは、俺の人間性のせいだろうか。生き方のせいだろうか。 (良輔は、大切にしなきゃな)  良輔に見捨てられたら、本当に俺を心配するヤツは居なくなりそうだ。 「俺はお前が、どうやって生きてきたのか知って、ちょっと不安だ……」  ハァと、良輔が溜め息を吐く。 「アハハ。そんなこと言ってくれんの、お前くらいだわ」 「そんなことない。芳だって、榎井だって。多分、上遠野さんも心配する」 「あらら。うちの会社って、いい人ばっかり?」 「いい人ばっかだよ」  良輔は素直に信じているようだった。 「俺は、良輔以外は信用できないな」 「馬鹿」  良輔は「馬鹿だなお前は」と言いたいようだった。そう言われても、今さら考えは変わらない。そう簡単に、人を信じられない。 (良輔のことは信じられそうなのに)  良輔と他の人間の違いは、よく解らない。裏の顔まで知られてなお、態度が変わらなかったからだろうか。 「俺から言わせれば、良輔のほうが心配よ」 「何でだよ」 「騙されそうで」  良輔は押し黙った。詐欺にでも遭ったことがありそうな顔だ。 「そんなことはない。……多分」 「金を貸せって友人と、女の涙に気を付けろよ」  あと宗教。 「お前は騙すなよ」 「俺は正直よ。お前に対しては。もう秘密なんかないし」 「……」  良輔が嫌そうな顔をする。思い出させたのかも知れない。良輔は顔をしかめ、テーブルを指先で叩いた。 「渡瀬、そういえばあの後、作ってないだろうな?」  何を、とは言わなかったが、何のことかはすぐに解った。裏アカの件だろう。 「まー、まだ?」 「まだ、じゃねーよ。二度とやるな」 「まあまあ」 「誤魔化すな」  ヘラヘラ笑って見せるが、良輔はいたって真剣な様子だ。この調子だと、作っても見つかったら消されかねない。 (裏アカないと、出会いが減るんだよなあ……)  とは言え、そればかりが出会う方法ではない。世の中には俺みたいな淫乱や、飢えたケダモノみたいな男、表には出せない性癖を抱えた人間がゴロゴロしている。そういう人間が出会うような場所ってのは、案外その辺じゅうにあるもんだ。 「解ってるって。写真はお前当てに送っておくな」 「ばか野郎」  軽くそう言った俺に、良輔が真っ赤になって怒り出すので、俺はカラカラ笑ってビール飲み干した。

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