9 / 46
9 変わらぬ関係
(はぁー、しんど。パワハラだろマジで)
営業先の顧客からの無理難題を思い返し、溜め息を吐く。寮の一階にある自動販売機にはビールも売っているので、一本買って共有スペースで開けた。
共有スペースにはソファーの他、大型のテレビが置かれている。テレビ目的の多くはスポーツ観戦だ。
「勝ってる?」
「負けてる。木村が打たなきゃ終わりだ」
野球観戦中の寮生に混ざって、興味もないテレビを眺める。野球は観るのもやるのも好きじゃないが、営業の引き出しにはなった。
一人ビールも寂しいので、なんとなく混ざって雑談に応じる。皆、俺よりテレビに夢中なので、適当に相づちを打てばよかった。
「あ、良輔」
一人の声に、入り口の方を向く。廊下を歩く良輔が気がついて、こちらにやって来た。風呂上がりだったらしく、肩にタオルを掛けている。
「おー。野球っすか?」
「ああ。良輔、この前欲しがってたヤツオレ買ったからさ、あとで取りに来いよ」
「マジすか? ありがとうございます」
横目でチラリと、良輔を盗み見る。屈託ない笑顔で接する様子を見るとつくづく思うが、良輔は人当たりが良いせいか、可愛がられていると思う。シャイな性格だから、数は多くないが、少数に愛情深く接して貰えているようだ。
(本当に、俺とはタイプが違うな)
そう思えば、よく俺なんかとつるんでいると思う。同期で同じ寮だと言っても、タイプも趣味も合わないのに。
同期入社は九名ほど。うち二人は辞めてしまった。そのうち、夕暮れ寮に入ったのが四人。
声をかけてきたのは、良輔だったはずだ。きっかけは覚えていないが。それから、良輔と同じ部署の星嶋もつるむようになって、同じ同期なのに誘わないのも悪いね、となって榎井もつるむようになった。まあ、榎井は気にしなかったと思うが。
俺が営業に配属されて、良輔が資材に配属されても、関係は変わらなかった。
今も――。
良輔と、目が合う。
「渡瀬、何本目?」
「まだ一本目」
「付き合うよ。俺の部屋で飲み直そう。ツマミあるから」
「じゃあ、行く」
ソファーから立って、良輔に続く。
多分、良輔は、俺が野球をさほど好きでもないことも、あの先輩たちとそれほど親しくないのも知っていて、誘ったんだと思う。そういう奴だ。
良輔との関係は、寝たあとも変わらない。
「この前、地元の友達が送ってきて」
「へー、良いじゃん」
やっぱり、地元でも人気者なんだな。俺にそんなことをしてくれる友人とか居ないし。
考えてみれば、社会人になって初めて、俺は友人と呼べる人間が出来たかもしれない。その友人を誘ったのは、良くなかった判断だろうか。やはり、裏アカがバレたのは良くなかった。
良輔に促され、ラグの上に座る。良輔の部屋は半分溜まり場になっていて、小さな折り畳みテーブルがあった。良輔はテーブルの上に、ビールとツマミを出してくれる。
「カキのアヒージョだって? へー、気が利いたツマミじゃん」
「……そうだな。結構良いもの貰っちまったから、何か送ろうと思うんだけど。何が良いと思う?」
プルトップを開けながら言う良輔に、俺は「うーん」と唸ってビールを啜る。
「やっぱ、落花生とか?」
「そうなるよな」
こっちの名産品となったら、落花生くらいしか思い付かない。俺もさほど詳しくないのだ。
「俺の場合、手土産は羊羮かどら焼きだな。あれ美味いよな」
「あそこのどら焼きはマジで美味い」
良輔はどら焼きを思い出したようで、顔を緩める。今度買ってきてやろうかな。
アヒージョをつつきながら、良輔が口を開いた。
「今度、同窓会あるってんで、地元帰るんだけど」
「へー。いつ?」
「……確か、来月。お前は、同窓会行かないの?」
「行くわけねえ。そもそも、お知らせが来たこともない」
「……マジか」
お知らせが来たとしても、行く気はサラサラないのだが。何度か住所が変わっているし、名字も変わったのでおそらく行方不明になっているんだろう。連絡は来たことがない。
「何で行かないの?」
「お前、そういうとこあるよなー。別に嫌なわけじゃねーけど。多分、俺より周りが気まずいはず」
「何で?」
「何人かヤったから?」
「――」
ケラケラ笑う俺に対して、良輔は真顔だった。笑い話にしてるのに、マジにならないで欲しい。
「冗談?」
「まさか」
「……それは、男と?」
「まあね」
俺が男と寝ているという話は、地元じゃ割りと有名だった。誘拐事件以来、その手の噂が立って、実際に「そうなのか」確認したがった同級生相手に、何度かそういうことをしてやった。
好奇心と、俺を馬鹿にしてそんなことを言ったのだろうが、全員俺の上で腰を振ったのだから、笑えるってヤツだ。あいつらは皆、穴兄弟だって解っているから、俺のことなんか思い出したくないだろう。
「……地元は嫌いなのか?」
「どうだろ。まあ、良い思い出はねーけど」
そう言いながら、手元に視線をやる。何でこんなこと、話してるんだろう。地元の話なんか、したくないのに。この前だって、急に誘拐されたときを思い出して。
(ああ、良輔が、心配したから)
先日、良輔に「誘拐されたらどうする」と心配されたから、急に思い出したんだ。そんなもの、何でもなかったことのように通りすぎて来たのに。
「まあ、この話は、良いだろ」
「……ああ」
良輔も気まずそうだった。
(良輔は、心配するんだな)
俺のことは、両親も心配しなかった。心配してくれる人間の少なさは、俺の人間性のせいだろうか。生き方のせいだろうか。
(良輔は、大切にしなきゃな)
良輔に見捨てられたら、本当に俺を心配するヤツは居なくなりそうだ。
「俺はお前が、どうやって生きてきたのか知って、ちょっと不安だ……」
ハァと、良輔が溜め息を吐く。
「アハハ。そんなこと言ってくれんの、お前くらいだわ」
「そんなことない。芳だって、榎井だって。多分、上遠野さんも心配する」
「あらら。うちの会社って、いい人ばっかり?」
「いい人ばっかだよ」
良輔は素直に信じているようだった。
「俺は、良輔以外は信用できないな」
「馬鹿」
良輔は「馬鹿だなお前は」と言いたいようだった。そう言われても、今さら考えは変わらない。そう簡単に、人を信じられない。
(良輔のことは信じられそうなのに)
良輔と他の人間の違いは、よく解らない。裏の顔まで知られてなお、態度が変わらなかったからだろうか。
「俺から言わせれば、良輔のほうが心配よ」
「何でだよ」
「騙されそうで」
良輔は押し黙った。詐欺にでも遭ったことがありそうな顔だ。
「そんなことはない。……多分」
「金を貸せって友人と、女の涙に気を付けろよ」
あと宗教。
「お前は騙すなよ」
「俺は正直よ。お前に対しては。もう秘密なんかないし」
「……」
良輔が嫌そうな顔をする。思い出させたのかも知れない。良輔は顔をしかめ、テーブルを指先で叩いた。
「渡瀬、そういえばあの後、作ってないだろうな?」
何を、とは言わなかったが、何のことかはすぐに解った。裏アカの件だろう。
「まー、まだ?」
「まだ、じゃねーよ。二度とやるな」
「まあまあ」
「誤魔化すな」
ヘラヘラ笑って見せるが、良輔はいたって真剣な様子だ。この調子だと、作っても見つかったら消されかねない。
(裏アカないと、出会いが減るんだよなあ……)
とは言え、そればかりが出会う方法ではない。世の中には俺みたいな淫乱や、飢えたケダモノみたいな男、表には出せない性癖を抱えた人間がゴロゴロしている。そういう人間が出会うような場所ってのは、案外その辺じゅうにあるもんだ。
「解ってるって。写真はお前当てに送っておくな」
「ばか野郎」
軽くそう言った俺に、良輔が真っ赤になって怒り出すので、俺はカラカラ笑ってビール飲み干した。
ともだちにシェアしよう!