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11 邪魔者
普段、Tシャツとジーンズというスタイルか、仕事着しか見たことがなかったが、良輔のオシャレな格好というのは新鮮だった。ジャケットにカットソーを着た姿は、なかなか見違える。
「そんな服持ってたのか? 前に合コン誘ったときはTシャツだったろ」
「芳に借りた」
「ああ……なるほど」
星嶋は良輔と背格好が一緒だ。ドレスコードと聞いて借りてきたのだろう。懸命な判断だ。あの店はTシャツならハイブランドでないと厳しい。
繁華街の空気が近くなる。わざわざ東京まで繰り出して、萬葉町にあるこの店に来るのは、久し振りだ。電車では50分もかかるし、寮住みだとなかなか来ることが難しい。だが、安心して遊べる店だ。
雑多な通りを抜け、ネオンがひしめく看板を何個も通りすぎたところに、その店はある。看板は出ておらず、高級感のあるダークブラウンの扉を開くと、高級ホテルのロビーのような受付があった。
「いらっしゃいませ」
「これね。こっちは今日は初めて」
「かしこまりました」
会員証を見せ、黒服のチェックを受ける。会員制なので入会が必須だ。会費はそれなりに高い。だからこそ安全なのだが。
良輔は会費にビビった顔をしたが、すぐに落ち着いてカードを取り出す。やはり、帰るつもりはないらしい。
扉が開き、薄暗い通路に通される。この先にバーがある。
「スマホは使えないからな」
「あ、ああ……」
中は通信を制限されているので、スマートフォンは使用できない。撮影もNGだ。
「まずは何か飲もうぜ。適当に周りに合わせろよ。どこか行くときとか、帰るなら、言わなくて良いから」
暗に「勝手にしろ」と言った俺に、良輔がムッとする。
「まあ、最初は一緒に居てやるから」
「……」
キョロキョロする良輔を連れ、バーで酒を注文する。カウンターに寄りかかりながら、店内を物色した。
すぐに若い青年と目が合う。ニッコリと微笑んで軽く手をあげると、彼は近くに寄ってきた。
「やあ」
「どうも。良く来るの?」
「いや、久し振りかな。今日はダチが興味あるって言うんで、連れてきたんだ」
「ふーん」
そう言って、青年が身体を寄せる。甘いコロンの香りが鼻腔をくすぐった。
「お兄さん良い男じゃん。ゲイなの?」
「いや。でも経験は多い方だよ」
「そう言うことなら、どう?」
腰に手を当て引き寄せる青年に、良輔が驚いてこちらを見る。唇が「おい」と呟いた。
俺は良輔を無視して、やってきた青年にキスをする。青年の舌がくちゅ、と舌に絡まった。
横目で良輔の様子を見ると、呆然とした様子だった。顔を赤くしたり青くしたりして、戸惑った様子でグラスを握りしめる。
「どう?」
「悪くない。けど、タチはやんないんだ」
「あ、そう。残念……」
青年はチュッと唇にもう一度キスして、俺の顎を撫でていった。
(良かったんだけどなぁ。バリネコか)
あるいは、今日は抱かれたい気分の男なのか。
会費と入場料を払っているので、客は皆、ヤれる相手を探している。タチも出来る相手なら、すぐに成立するのだが、今回はダメだった。
「お、おい」
「あんな感じ。解ったろ? 良い感じの相手が居たらプレイルームで致すって感じ」
「――」
良輔が目を見開く。
ほら見ろ。やっぱり、解ってなかったじゃないか。
「渡瀬」
ガシッと、手首を捕まれる。
「なに」
「帰ろう」
「バカ言うな。金払ってんだぞ」
一発もヤらずに帰るわけがない。何しに来たと思ってんだ。
「だから言ったろ。先に帰って良いぞ」
追い払うようにシッシと手のひらをヒラヒラさせ、グラスを舐める。良輔と一緒に居たら、冷やかしだと思われてしまう。俺もさっさと相手を見つけなければ。
「ちょっと行ってくる」
「あ、おいっ……」
中央のテーブル席で飲んでいる男の方に近づく。筋肉質でガタイの良い男だ。あんな男にバックからヤられたいもんだ。
「どうも。一人で飲んでるの?」
「やあ。今日初めてなんだ。様子見ってとこ」
「じゃあ、まだ物色中?」
テーブルに置かれた手の上に、自分の手を重ねる。男は口元を緩め、俺の指を触った
「どうだろう。君以上に魅力的な子、見つかるかな?」
「なかなか居ないと思うよ」
互いに距離を縮め、グラスを傾ける。問題はこの男がネコかタチか。実を言うと日本人、ネコの方が多い。相手探しは大変なのだ。俺みたいなヤツも居るしな。
「俺はメチャクチャにされたい方なんだけど、あんたは?」
「……君だったら、それも良いかな」
返答に、思わず心の中でガッツポーズする。よし! イケる!
どうやらどっちもイケる口のようだ。彼を逃したら今日は遊べないかもしれない。
腕を回し、互いに引き寄せる。キスをして盛り上がったら、ヤリ部屋に直行だ。
顔が近づき、唇が触れる。
と、その時。
「待っ――て」
ぐい、と口元を捕まれ、後ろに引き倒される。ガシッとしがみつくように、良輔の腕が俺の身体を包んだ。
「――りょ、すけ」
モゴモゴと、押さえられた口を動かす。
何やってんだ、コイツ。
目の前の男は、邪魔してきた良輔に驚いて目を見開いた。顔が引きつっている。
「え?」
「スミマセン、駄目です」
(ちょ、おいっ!)
何を勝手に。ふざけるなと、腕を引き剥がそうとするが、びくともしない。ジタバタと腕の中でもがくものの、バカ力のせいで全く動けなかった。
「えーっと。もしかして、彼氏?」
「ちが」
ぎゅっ。押さえつけられる。
くそ。良輔のヤツ!
「っと、そうです」
なにが「そうです」だ。邪魔しやがって!
「あー、そういうプレイ? 巻き込まないで欲しいな……」
男は軽蔑の眼差しで俺を見ると、どこかへ行ってしまった。腕を伸ばすが、届かない。良輔が剥がれない。
(あああ……俺の……)
ガックリと肩を落とす俺に、良輔がようやく腕を緩めた。
「てめぇ……」
「渡瀬」
「ふざけんなよ、お前! 何、邪魔してんだよ! アイツがヤバそうにでも見えたのか!?」
「っ、そ、そうじゃないけど……」
怒りを露にする俺に、良輔は肩を小さくした。俺の腕は、掴んだままだ。
「もう、どっか行けよ。お前、邪魔すぎ」
「駄目だっ」
「何でだよ。解ってただろ? こういう場所だって!」
「っ……」
全くもって、想像していなかったわけではないだろう。良輔が目を逸らす。だだっ子のように唇を結んだ良輔に、呆れて溜め息が出た。
良輔は黙りで、その癖、俺を離そうとしない。どうせ勝手な正義感と倫理観を押し付けたいだけなのだ。
(ムカつく)
いくら友人だと言っても、そんなことを締め付けられる謂れはない。心配を振りかざして、コントロールされるのはゴメンだ。
梃子でも動かなさそうな良輔に、俺はハァと重い溜め息を吐いた。そっちが引かないなら、こっちにだって考えがある。
「来い」
「え?」
間の抜けた声を出しながら、良輔はそれでも黙って着いてくる。連れてきたのは奥にあるプレイルームだ。薄暗い個室に入りると、狭い部屋いっぱいにベッドが置かれている。この部屋は行為以外に利用されない。余計なものはないのだ。
ベッドに腰かけ、皮肉を浮かべて笑う。
「どうした? 俺はヤりに来たんだよ。言ったよな?」
「っ」
「彼氏なんだろ? 嫌なら、口出すなよ。他探すんだから」
だから、さっさと消えろ。そんな表情で、良輔を見る。
良輔は複雑な表情をしていたが、俺が「じゃあ」と言って部屋を出ようとすると、服を脱いで上半身裸になった。
「あ?」
まさか、挑発されて乗る気なのか? 呆れて、思わず眉を寄せる。
薄暗い室内に、良輔の肉体が浮かんで見えた。そう言えば、良輔とは二回ヤったけど、脱がせたことはなかった。しなやかな筋肉のついた、綺麗な身体だ。
「……解った。その代わり、俺の好きにさせて貰うからな」
「――」
そう言った良輔は、嫌々のはずなのに目元を赤く染めて、何故か興奮しているように見えた。
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