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22 初心者まるだしのデート

 バーベキューの翌週、何故か海の幸でも食べに行こうという話になり、俺は良輔と共に、海辺にある浜焼が出来る店へとやって来た。  よく考えれば二週連続でバーベキューだ。まあ、焼くのは肉ではなく貝や魚だが。  パカッと口を開けた貝を摘まんで、良輔が俺の皿に載せる。 「ほら。焼けたみたいだ」 「おー、美味そう」 「熱いから気を付けろよ」  口に頬張ると、程よい塩気と磯の香りが、口一杯に拡がる。熱すぎてハフハフしながら、俺は「んーっ」と悶えた。 「んまーい!」 「貝の味が濃いな」  良輔も同じように、ハフハフ言いながら貝を頬張る。何だかおかしくなって、思わずクスクス笑った。 「シンプルなのに、メチャクチャ美味いじゃん」 「だな。こっちももう良さそう」  手際よく海やイカ、エビの世話をしながら、俺の皿に次々載せてくる。まだ食べてるのに。 「良輔も食えって」 「食ってるよ。それに、渡瀬が食ってるの見るのが好きなんだ」 「っ」  うぐ、と、食べ掛けのエビを呑み込む。喉を通るエビの熱さに、慌てて水を呑み込んだ。 (くそ、恥ずかしいヤツ)  真顔でなに言ってんだ。  言った本人は自覚がないのか、澄ました顔で海鮮の世話をしている。 (……やっぱ、ふくよかなほうが好きなのか……?)  いや、違うかも。俺だって――俺だって、俺が美味しいと思うものを、良輔に食べさせたいと想う。  そういう、親愛の情のような――。 (うっ……)  じわりと沸き上がる熱に、心臓がドクドクと音を立てる。  おかしい。この前から何なんだ。いや、付き合うって決めてから、何だかおかしい。調子が狂ってしまう。 (……多分、良輔のせいだ)  じとっと、貝の世話をする良輔の横顔を見る。視線に気づいたのか、良輔がこちらを見た。 「ん? なんだ? 骨か?」 「骨か? じゃねーよ。……お前、なんでそんななの?」 「何が?」  うぐぐ、と声を詰まらせ、良輔を睨む。顔が熱い。すぐ、赤くなってしまう。言わなくても解って欲しい。けど、テレパシーがないので伝わらない。 「お前、そんなに優しかったっけ? いや、優しいのは優しかったけど、何て言うか……」 「ああ」  良輔は「そんなことか」というような顔で、口許に笑みを浮かべる。ぐっと、心臓を鷲掴みにされた気がして、無意識に胸に手を当てた。 「そりゃ、優しくしたり、手伝ってやっても良い理由が出来たんだし、そうするだろ」 「――」  そりゃ、何か。『付き合ってる』という正統性があるから、そうしてるって、ことなのか。  やっても良い理由、という言葉が、甘く重くのし掛かる。つまりは、『特別』だということ。  特別な存在だから、特別扱いをしているのだと言われれば、当然だが、その対象が自分なのだと言われると、なんとも言えない気恥ずかしさと喜び。同時に、罪悪感がわいてくる。  俺で良いのか。あんな簡単に「付き合う?」なんて言ったのに。特別にしてくれるのか。 「……もしかして、少し好きになったりした?」  恥ずかしさをごまかすようにそう聞いてみた俺に、良輔は赤い顔を背けて「どうだろう」と返した。    ◆   ◆   ◆  浜焼を終え、港近くの堤防を歩く。キラキラと波間が反射し、風は磯の香りに包まれていた。波の音と鳥の鳴く声以外に、聞こえる音は殆どない。護岸された堤防に打ち付ける波の、ちゃぷちゃぷという音がやけに近くに感じた。 「風が気持ちいいな」  のんびり散歩していると、時間がゆったりと流れているように思える。海の青さを見ていると、どうしようもなく郷愁を呼び起こした。  故郷にも海があり、港は良く似た光景だった。漁船の集まる港と、海の町らしい狭苦しい町。  生まれた町には、十七の時に家を出て以来、帰っていない。戻りたいと想ったことは一度もなかった。あそこには、俺を想う人間は一人も居ない。  きっと誰からも忘れ去られて、最初から居なかったように生活しているのだろう。実の両親でさえ、きっとそうだ。 「お前、泳げる?」 「いやー、どうだろ」 「季節が過ぎちまったから、今年は無理だけど。来年来てみるか?」  来年。来年も、俺と良輔は一緒に居るんだろうか。その時も、恋人なのだろうか。  急に寂しさを感じて、良輔の手を握る。良輔が赤い顔で俺を見た。 「来年?」 「あ、ああ」  来年の約束をすることが、くすぐったい。良輔は当たり前のように、約束をする。 「来年か。絶対、だぞ」 「なんだよ。そんなに来たいのか?」  笑う良輔の笑顔に、胸が切なくなる。 「……」 「どうした?」  じっと見つめる俺に、良輔が首を傾げた。 「キスしよう、良輔」 「え」  良輔は驚いて、視線をさ迷わせる。遠くに人影はあったが、知ったことではない。  良輔は少し緊張した顔で、頬に手を添えた。  顔が近づき、唇が触れる。  風に吹かれて髪が頬を擽った。背中に腕を回し、長いこと唇をくっつけていた。  名残惜しさを感じながら唇が離れる。良輔の手が髪を払った。 「お前、少し髪長いよな」  バックで挿入する時、引っ張って貰えるように、少しだけ伸ばしていたのだが、良輔はそんなことはしないんだろう。もう切っても良いのかも知れない。 「んー。切ったほうが良いか」 「いや、そういうわけじゃないけど。何でかなって」 「いや、インドアだったから気にならなかったけど、風が強い場所だとダメだ。短くしよう」  理由を言うのも何なので、そう言うと、良輔が髪にキスをした。 「可愛いのに」 「っ、ばっ……!」  驚いて身体を離す。何を言ってるんだ。良輔は俺の態度に目を瞬かせたが、すぐにプッと吹き出した。過剰反応過ぎたのだろう。 「イメチェンしたいなら、止めないけどさ」 「……そう言うわけじゃないけどな」  はぁ、と息を吐いて、動揺した感情を抑える。  こんなはずじゃなかったのに。身体が目当てで付き合い始めたのに。 「今からどうする?」  提案に、良輔に乱されてばかり居る自尊心を取り戻さねばという焦りが、ふっと過った。 「……ホテル行こう。あそこに見える」 「おい」 「良いだろ」  良輔の身体が欲しくて、付き合い始めたんだから。こんな風にささやかなことでソワソワするなんて、俺らしくないんだから。  言い訳をしないと、友情だったはずの感情が、いつからおかしくなったのか解らなくなりそうだ。  なにも考えなくて良いように、今はただ、メチャクチャにして欲しかった。

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