39 / 46

39 会いに行こう

 本当はすぐにでも良輔と話したかった。時間を置くほど、勇気がなくなりそうだ。  だが、朝の時間だけでこの話が済むとも思えず、我慢して出社する。今日一日を終えれば、良輔とじっくり話し合う。少し怖かったけれど、良輔を失うほうがずっとずっと怖かった。  作り笑いを一日中浮かべていたせいで、顔が痛い。  メッセージを入れたほうが良いだろうか。直接行ったほうが早いだろうか。迷いながら、結局食堂で待ち伏せすることにした。他人の目があったほうが、お互いに冷静になれるはずだ。話し合いたいと伝えて、どちらかの部屋に行けば良い。  そんな風に思って食堂で待っているが、良輔は一向に現れない。二杯目のコーヒーを飲み終え、溜め息を吐く。 (残業だったかな……)  メッセージを入れておくべきだったかと、後悔したところに、食堂に星嶋が姿を見せた。 「あ、星嶋」 「ん? ああ、渡瀬。久しぶりじゃん。食堂来るの」 「そうだな。残業?」 「おう。誤発注があってさ」  言いながら、星嶋はトレイを手にとっておかずを取る。星嶋と良輔は部は一緒だが、係が違う。良輔も残業だったのだろうか。 「良輔は? そっちも残業?」 「あ? ああ、良輔は違うぞ。お前、聞いてないか?」 「ん?」 「今日、早退したんだよ」 「え?」  え。早退?  じゃあ、何か。部屋にいるのか? もしかして。なんだ、ずっと待ってしまった。 「なに、具合悪いの?」 「知らねえ」  それ以上知らなさそうな星嶋に別れを告げ、良輔の部屋に急ぐ。 (なんだろ。風邪かな)  恋人の不調を知らないなんて。ケンカしていなかったら、連絡が来たのだろうか。ちょっと寂しい。  部屋の前に立ち、チャイムを鳴らす。だが、いくら待っても返事はなかった。 (寝てんのかな……?)  スマートフォンを取り出し電話を掛けるが、いくら待っても良輔は電話に出なかった。 「おい、倒れてるんじゃないよな?」  ドアをドンドンと叩くが、反応がない。耳をドアに当てて中の様子を窺うが、室内は静かだった。 (管理人さんに鍵、借りるか……?)  管理室に向かって歩いていると、寮長の藤宮が丁度、管理室の前にいた。 (丁度良い) 「藤宮さーん。ちょっと良いですか?」 「なんです、渡瀬さん」 「良輔が無反応なんで、鍵って借りられます? 藤宮さんに開けて貰っても良いんですけど」  今日、早退したって聞いたので。と付け加えると、藤宮は「ああ」と頷いた。 「押鴨なら、部屋には居ないですよ。外出届が出てますから」 「え?」 「行き先は実家になってるから、ご実家で何かあったんじゃないですか? 取り敢えず三日間申請されてますけど」 「実家――?」  実家という言葉に、一瞬ドキリとした。即ちそこは、俺の故郷でもある。 (いや、でも)  おかしくないか? 実家に帰っただけなら、電話は繋がってもおかしくない。電車だから出ないのだとしても、午後に出発したなら、もう着いていないとおかしい。 (まさか) 「わ、解りました。ありがとうございました」  藤宮にそう言って、足早に背を向ける。逃げるように部屋に駆け込み、もう一度電話を掛ける。 (――っ、出ない……)  呼び出しているのに、一向に出る気配がない。電源は入っている。メッセージを送ってみたが、既読はつかなかった。 「……良輔」  チラリと、カレンダーを見る。三日間の外泊を出しているのなら、そのまま土日も向こうにいるかもしれない。 (このまま、帰ってこない気なんじゃ……)  嫌な予感が、胸をよぎる。  ケンカしていたからと言って、一言くらいあっても良いはずだ。電話にもメッセージにも返事がないなんて、どう考えてもおかしい。 (この前まで、話したそうにしてただろっ……)  背中を見送る、良輔の視線を思い出す。  このまま、終わってしまうんだろうか。  このまま、居なくなるつもりなんだろうか。  心臓が痛い。息が苦しい。  もう、良輔なしじゃ、生きていけないのに。 「っ――」  じわり、涙が浮かぶ。  このままで、良いものか。せめて、ちゃんと話してから、終わりたい。 (俺、まだ好きだって、言ってない)  ごし、と目蓋をこすり、顔を上げる。  良輔に、会いに行こう。  良輔に会って、話をするんだ。

ともだちにシェアしよう!