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39 会いに行こう
本当はすぐにでも良輔と話したかった。時間を置くほど、勇気がなくなりそうだ。
だが、朝の時間だけでこの話が済むとも思えず、我慢して出社する。今日一日を終えれば、良輔とじっくり話し合う。少し怖かったけれど、良輔を失うほうがずっとずっと怖かった。
作り笑いを一日中浮かべていたせいで、顔が痛い。
メッセージを入れたほうが良いだろうか。直接行ったほうが早いだろうか。迷いながら、結局食堂で待ち伏せすることにした。他人の目があったほうが、お互いに冷静になれるはずだ。話し合いたいと伝えて、どちらかの部屋に行けば良い。
そんな風に思って食堂で待っているが、良輔は一向に現れない。二杯目のコーヒーを飲み終え、溜め息を吐く。
(残業だったかな……)
メッセージを入れておくべきだったかと、後悔したところに、食堂に星嶋が姿を見せた。
「あ、星嶋」
「ん? ああ、渡瀬。久しぶりじゃん。食堂来るの」
「そうだな。残業?」
「おう。誤発注があってさ」
言いながら、星嶋はトレイを手にとっておかずを取る。星嶋と良輔は部は一緒だが、係が違う。良輔も残業だったのだろうか。
「良輔は? そっちも残業?」
「あ? ああ、良輔は違うぞ。お前、聞いてないか?」
「ん?」
「今日、早退したんだよ」
「え?」
え。早退?
じゃあ、何か。部屋にいるのか? もしかして。なんだ、ずっと待ってしまった。
「なに、具合悪いの?」
「知らねえ」
それ以上知らなさそうな星嶋に別れを告げ、良輔の部屋に急ぐ。
(なんだろ。風邪かな)
恋人の不調を知らないなんて。ケンカしていなかったら、連絡が来たのだろうか。ちょっと寂しい。
部屋の前に立ち、チャイムを鳴らす。だが、いくら待っても返事はなかった。
(寝てんのかな……?)
スマートフォンを取り出し電話を掛けるが、いくら待っても良輔は電話に出なかった。
「おい、倒れてるんじゃないよな?」
ドアをドンドンと叩くが、反応がない。耳をドアに当てて中の様子を窺うが、室内は静かだった。
(管理人さんに鍵、借りるか……?)
管理室に向かって歩いていると、寮長の藤宮が丁度、管理室の前にいた。
(丁度良い)
「藤宮さーん。ちょっと良いですか?」
「なんです、渡瀬さん」
「良輔が無反応なんで、鍵って借りられます? 藤宮さんに開けて貰っても良いんですけど」
今日、早退したって聞いたので。と付け加えると、藤宮は「ああ」と頷いた。
「押鴨なら、部屋には居ないですよ。外出届が出てますから」
「え?」
「行き先は実家になってるから、ご実家で何かあったんじゃないですか? 取り敢えず三日間申請されてますけど」
「実家――?」
実家という言葉に、一瞬ドキリとした。即ちそこは、俺の故郷でもある。
(いや、でも)
おかしくないか? 実家に帰っただけなら、電話は繋がってもおかしくない。電車だから出ないのだとしても、午後に出発したなら、もう着いていないとおかしい。
(まさか)
「わ、解りました。ありがとうございました」
藤宮にそう言って、足早に背を向ける。逃げるように部屋に駆け込み、もう一度電話を掛ける。
(――っ、出ない……)
呼び出しているのに、一向に出る気配がない。電源は入っている。メッセージを送ってみたが、既読はつかなかった。
「……良輔」
チラリと、カレンダーを見る。三日間の外泊を出しているのなら、そのまま土日も向こうにいるかもしれない。
(このまま、帰ってこない気なんじゃ……)
嫌な予感が、胸をよぎる。
ケンカしていたからと言って、一言くらいあっても良いはずだ。電話にもメッセージにも返事がないなんて、どう考えてもおかしい。
(この前まで、話したそうにしてただろっ……)
背中を見送る、良輔の視線を思い出す。
このまま、終わってしまうんだろうか。
このまま、居なくなるつもりなんだろうか。
心臓が痛い。息が苦しい。
もう、良輔なしじゃ、生きていけないのに。
「っ――」
じわり、涙が浮かぶ。
このままで、良いものか。せめて、ちゃんと話してから、終わりたい。
(俺、まだ好きだって、言ってない)
ごし、と目蓋をこすり、顔を上げる。
良輔に、会いに行こう。
良輔に会って、話をするんだ。
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